原作 |
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監督 |
河瀬直美 |
脚本 |
狗飼恭子 |
キャスト |
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配給会社 |
ファントム・フィルム |
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浮遊感と通じない言葉。空気を感じる不思議な映画。
カンヌ国際映画祭でカメラドール受賞の劇場映画デビュー作「萌えの朱雀」や、2007年のカンヌ映画祭グランプリ受賞の「殯の森」他、TVCFなどで知られる河瀬直美監督の最新作が「七夜待(ななよまち)」。不思議な響きを持つタイトルが印象的なこの作品は、出だしから河瀬監督の浮遊感に包まれてふわふわと進んでゆく。
「彩子(アヤコ)」という日本人女性がタイ国はバンコクの南、サムットソンクラームの駅に降り立つ。雑多で喧騒続く街なみを抜け、タクシーで目的のホテルを告げるアヤコだが、タクシーはどんどん人里離れた山奥に向かう。身の危険を感じたアヤコは荷物もそのままタクシーから飛び降り、出会った人に助けを求めた。それはフランス人のグレッグ。グレッグは山奥のタイ古式マッサージの修業のために、先生であるアマリの元に滞在している若者だった。
そしてそこに現れるタクシーの運転手のオヤジ。古式マッサージのアマリ。アマリの息子・トイ。彼らがなんの説明もなくこうして出会い、そしてそのまま豊かな自然の中で七つの夜を過ごしてゆく…。
とまあ、ストーリーっぽいことを書いてみたものの、映画そのものにこれ以上のストーリーはほとんどない。タイ古式マッサージの手法を丁寧に映し、タイの山奥の美しい自然の音を拾い、タイの言葉、フランスの言葉、日本の言葉でお互いコミュニケーションもままならない登場人物たちを、コミュニケーションの伝わらないままを撮る。まるでドキュメンタリーでもあり、風景映画でもある。状況説明的な場面は時々にしか現れない。
したがって登場人物たちも、そして観客も、最後まで情報不足のまま淡々と映画は進んでゆく。まるでタイの山奥に一緒出向き、彼らの様子をのぞき見しているかのように。だから何故アヤコがタイに来たのか、タクシーのオヤジは何者か、グレッグの真意は、などなど解らない事が蓄積されてくる。もちろん作中断片的に、彼らの過去の様子が挿入されるものの、それでも情報は著しく不足している。
この映画は、だから、その肝心な部分を観ているひと、ひとりひとりに感じ取ってもらおうとしているような気がするのだ。これを観て、アナタ方想像してください。何かを感じ取ってください、と。アヤコの目的、グレッグの目的、タクシーの運転手の希望、アマリの気持ち。すべては観客の手に、優しく「はい」と、手渡してくれるような。そんな作品なんだろうと思う。
全編を通し、流れるようで、フワフワ浮くようで、そして緑の木々が美しいキャメラワークをみせてくれるのは、ゴダールやトリュフォー、カラックスの作品で撮影を手がけたキャロリーヌ・シャンプティエ。彼女の捉えるアヤコ=長谷川京子の、自然の中で湧き出るようなエロティシズムはまさに驚嘆。演技とも自然とも言えない、あいまいな芝居の中で、滑らかに動く長谷川京子の姿態に注目。その表情もまた、何ともエロティック。でもね、欲情しない、というかできない。それは背景の自然が、遥かに大きく、ヒトを包んでいるように見えるから。
映画の内容そのものを観客に求める作り、アヤコやグレッグの観せる自然の中で映える人間のエロティシズム。そういう意味では、これはエッチじゃないオトナの映画であります。まあ、子どもは観てもいいけどね、基本はオトナの映画です。
まるで手に持っていた風船が空中高く舞ってゆくような、ふわふわしたこの映画を観た後、観客が何を得る事ができたか、何を感じる事ができたかで、この映画の評価は、ひとそれぞれ違うものになるだろう。
ちなみにワタクシは、とても「気持ちよかった」です。
公開:11月1日(土)より、シネマライズ、新宿武蔵野館 他にて全国ロードショー
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