原作 |
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監督 |
佐々木誠(撮影・編集も) |
脚本 |
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キャスト |
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配給会社 |
GPミュージアムソフト(DVD発売元) |
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9月になると思い出すことがある。自室にて、遊びに来ていた友人と些細なことで口喧嘩になった。たぶんどちらかがどちらかの取るに足らない言葉尻をとらえ、いちゃもんをつけ始めたのだ。自分から謝っても自尊心が傷ついたりしないような、どうでもいい些細なことなのだが、「ごめんなさい」の一言が言えない。そうこうしているうち、見るわけでもなくつけていたテレビが速報を伝えた。2本の高層ビルが、見る間に崩れて行く。9.11、アメリカ同時多発テロ事件であった。
この事件をどう知ったか、それに対して何を思ったか。それは各人が各様であろう。本作『Fragment』は、六本木の寺に生まれ落ち、元タレントという異色の経歴を持つ若き副住職(井上実直)が、9.11被害者の供養のためにワールドトレードセンター跡地に赴いた記録を綴ったドキュメンタリー映画である。
「文明とは戦争をしない事。憎しみの心からは憎しみの心しか生まれない。勇気を出して許す心を持ちましょう」と、ワールドトレードセンター跡地“グラウンド・ゼロ”の手すりに書かれた井上の直筆文字が浮かぶ。帰国後、井上は世界三大荒行の中でもっとも過酷と言われる日蓮宗寒の荒行に挑む。中には命を落とす者もいるというほどの過酷な修行だ。この荒行を終え、修法師(しゅほっし)となった井上は再びWTCに向かう。今度は死者の霊を弔うために……。
僧侶という仕事は、傍目から見れば特殊なものである。袈裟を着、念仏を唱え、檀家さんと膝を詰めて対話もする。寺に生まれたからには寺を継ぐべきであり、井上もそのうちのひとりだ。だが、職種は特殊でも、従事する井上はいたって普通の若者だ。少年期には例にもれず親に反抗する不良少年だったし、荒行に入る前には仲間たちと打ち上げでビールを酌み交わし、しばらくは口にできないであろう好物のケーキも食す。だが、荒行の後には彼の何かが確実に変わる。外見は確かに同じ井上なのだが、そこから発される何かが違っているのだ。WTCでの祈祷後、その後のとある地での祈祷の旅……そうした経験を通じて、確実に彼の内面が変化しているのだ。
だが、カメラは綺麗事だけを映すわけではない。祈祷時、白装束を“祝い”と勘違いされたのか心無い言葉も浴びせられる。終盤、寺を訪れた老人が語る9.11観。誰もが神さまなわけでも仏さまなわけでも天使なわけでも菩薩なわけでも如来なわけでもない。その辛らつな言葉もまた真実なのだ。それも現実の一面なのだ。
……私のその日の喧嘩といえば、9.11を伝えるリポーターたちの悲鳴にも似た報道を見るうち、ほどなくして自然消滅した。どちらも互いに謝ることなく、何事もなかったかのように画面に映る惨憺たる映像に食い入っていた。そしてそのあと仲良く食事をした。友人同士の喧嘩だから、いつもこの程度ですむ。でも、できれば喧嘩なんてしたくない。イヤな気持ちにはなりたくない。国家同士だって本当はそうのはずだ。戦争という名の喧嘩なんて、ないほうがいい。誰かが傷つくのはイヤだ。単純なこと、たったそれだけのこと。それだけのことなのだ、本当は。必要なのは「ごめんなさい」の言葉と、それを許す気持ち……それだけですべてが終わるはずなのに。だが世界は、個人の事情よりも複雑に複雑に絡まりあっている。
いつの日か、すべてが解ける日が来ますように。その日が早く来ますように。
本編観賞後、そんな祈りにも似た思いが心の底から湧き上がった。
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