原作 |
フェデリコ・デ・ロベルト『副王たち』 |
監督 |
ロベルト・ファエンツァ |
脚本 |
ロベルト・ファエンツァ |
キャスト |
アレッサンドロ・プレツィオージ |
ランド・ブッツァンカ |
クリスティーナ・カポトンディ、グイド・カプリーノ |
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配給会社 |
アルシネテラン |
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血は争えない、とはよく言ったものだ。先のレビューでは、貧乏な家庭において子の無実を信じて奔走する母を驚愕の切り口で描いた『母なる証明』(リンクは左下からどうぞ)を紹介させていただいた。一転して本作『副王家の一族』は、地位も財産もある裕福な家庭で、父親のようになりたくないと思い生きながらも、結局は“血”の因果から逃れられない息子の悲しい人生を描いた物語だ。
ブルボン王朝支配下、イタリアへの統一を目前に控えた19世紀半ばのシチリア。かつてのスペイン副王の末裔の名門貴族では、絶大なる権力を持つ厳格な父と、嫡男である息子・コンサルヴォが激しく対立していた。遺産相続のために父に失脚させられる叔父、母の死を悼むことなく父と再婚をする叔母。そして父のために自らの恋をあきらめ、政略結婚をさせられる妹。一族の枠から逃れられない息子は、一族を守るためにある道を選択するが……。
血縁とは、全部が全部愛情に恵まれているわけではない。特に、一定の地位にある家庭に生まれ落ちた場合、その地位や財産を守るために他の人間的要素が犠牲になる場合が多々ある。金持ちは必ず幸せに、貧乏は必ず不幸に……と、そんな単純には人生は進まない。本作でも、青年のころには「あなたは善人だ」とも言われたコンサルヴォが、父から蔑まれそして父を嫌悪し、激動の時代の中で父の呪縛から逃れるために生きた結果、父と同様に権力を追い求めるパーソナリティを身につけてしまう。幼少から憎んでいたその存在に、あろうことか自らが成り下がってしまったのだ。これは人生の性(さが)なのか、悲しさなのか。心のどこかでそんな自分に決別したいという思いさえ、年をとるに従い“大人の事情”で自らを納得させてしまうコンサルヴォ。すべてを諦めきったような、うつろな、だがそんな自分に小指の先ほどの怒りを湛えた瞳で、人生について語る彼の言葉が、ラストシーンに重く虚しく響き渡る。
『母なる証明』のようにも本作のようにもならずに、ときどきは喧嘩もするだろうが、全体的には円満な親子関係でありたい。こう書くと月並みと思われるかもしれないが、それで構わない。その月並みこそが幸せの形にもっとも近いのだろうから。
11月7日(土)、Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー
(C)2007: Jean Vigò Italia, RAI CINEMA Spa, RAI FICTION Spa, Isitut del Cinema Català;
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