シネマピア
純喫茶磯辺
バツイチ中年の、冴えないオッサン磯辺裕次郎(宮迫博之)は、一人娘の咲子(仲里依紗)と団地でショボく暮らす日々。そんな彼にある日多額の遺産が転がり込む。大金を手にした裕次郎は、唐突に「喫茶店をはじめる」と言い出す。
そんな無計画で行き当たりばったりの父親と反発しながらも、夏休みにようやく完成した店を手伝う咲子と、彼らを取り巻くウエイトレスの素子(麻生久美子)や、元妻の麦子(濱田マリ)が繰り広げる、ある夏の慌ただしい日々を、淡々と描く映画が「純喫茶磯辺」だ。
裕次郎が開く喫茶店は中年らしいセンスの無さで、時代錯誤のカタマリ。インベーダーゲームやカラオケ完備。しかもウエイトレスの制服はドン・キホーテで買ってきたような安っぽいウエイトレスコスプレ衣装。コーヒーも料理も適当でなんの取り柄もない店に集まるのは、ナニもしゃべらない風格のあるオッサンやスケベなオヤジ、同じ事を繰り返す気持ち悪いオジサンやロリコンの文学青年など。正直マトモな人間がひとりとして出てこない。
特にヒロイン役の素子を演じる麻生久美子の、人間としてのヒドさは画面をみていて腹が立つほど。店のチラシ配りをフケてファーストフードでサボり、チラシはゴミ箱に捨てて帰るし、店の客と「断れなくて」と気軽に寝てしまうし、態度も投げやりで中途半端。なんだかよく解らないけど、とてもヤな感じ。そんな女に懸想してしまう裕次郎の情けなさが、哀しいほどリアルで、同じ世代の中年のオッサンとしては、とても正視できない。
また、娘役の仲里依紗の女子高生っぷりも見事で、だらしない親たちに挟まれて10代の一番輝くべき時を無駄使いさせられている感というか、自分でも無駄使いしていると解っていながら、どうしていいか解らない焦燥感の表現がお見事。その怒りを素子に吐き出す居酒屋のシーンがこの映画のクライマックスの一つと言えるだろう。シナリオを「咲子」として正しく理解して役を自分のモノにしている、仲里依紗の演技に注目。アニメーション「時をかける少女」の主人公の声やってたのね、この子は。
しかしまあ、これだけダメ人間たちが集まっていながら、映画としてはホームドラマに何となく落ち着いちゃっているんだからフシギといえばフシギ。みんなヤなヤツなんだけど、やる事みんなセコくて憎めないというか、本当の悪人が誰一人として登場しないのが、この映画の救いと言えるかもしれない。
登場人物のみんながみんな、誰かを愛しているけれど、その愛のベクトルがちょっとづつズレている。そのズレを修正しないまま映画は淡々と進んで行く。ズレてたって構わない、生きていれば何とかなるもんだろうと、とことん気楽な人たちの、夏の短い時間の断片を切り取った、小説で言えば「掌編」と呼ぶような、「純喫茶磯部」はそんな映画だと思う。
しかし今どき純喫茶なんて、流行らないよなあ。というわけで、映画でもしっかりツブれます純喫茶磯部。なぜツブれるのかは、映画を観に行けばワカるです。それは、映画を観ている多くの人が想像していたのとは少し違うツブれ方、で。
純喫茶磯辺(DVD)
監督:吉田恵輔
脚本:吉田恵輔
出演:宮迫博之 /仲里依紗 /麻生久美子
配給:ムービー・アイ
ジャンル:邦画
公式サイト:http://www.isobe-movie.com/
© 2008「純喫茶磯辺」製作委員会
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