シネマピア
プレシャス
今年は新人流行りか? とばかりに、新人の活躍が目立っている。『しあわせの隠れ場所』のクイントン・アーロン然り、『第9地区』のシャルト・コプリー然り。そして本作で一躍脚光を浴びたのが、お世辞にも容姿が美しいとは言えないガボレイ・シディベだ。学校で演技のコースをとったことがあるだけで、女優になる志も映画のオーディションも受ける気がなかった巨漢の彼女だが、電話オペレーターの仕事をしているときに本作主演女優に抜擢され、各賞を総なめにしたのだ。
1987年、ニューヨークのハーレム。16歳の少女プレシャスは自身の父親の子どもを身ごもり、母親からは虐待され、文字の読み書きもできない日々を過ごしていた。そんなある日、フリースクールに通い始めたプレシャスはある女性教師と出会い、その人生を大きく変えていく……。
目を背けたくなるようなハーレムの実情を細部に渡り丁寧に描き、プレシャスの絶望が浮き彫りにされる。アダルト・チルドレン製造機のような家庭で育った彼女だが、幸いにも訪れた素晴らしい出会いは彼女の人生に福音をもたらし、「人並み」の幸せを彼女にもたらしていく。そんな感動物語として取り沙汰される本作だが、残念ながら実話ではない。原作の著者自身もハーレムで読み書きを教えているから、彼らから聞く悲惨な状況はリアルに表現できているのだろう。だが物語の根幹であるストーリー自体が本作のようにハッピーに進んでいくというのはなかなかないことなのかもしれない、ということは容易に想像がつく。
それにも関わらず本作がやけに現実味を帯びているのは、ガボレイが変に演技じみることなく、ごくごく自然にプレシャスを演じているからだ。
母親役のモニーク(本作でアカデミー助演女優賞獲得)がプレシャスに放つ罵倒はまるでラップのようで、そのリズムの美しさが悲しく響く。この母親こそがアダルト・チルドレンそのものであり、プレシャスの人生を貶めてきた大きな原因のひとつだ。終盤、その母親にプレシャスがかけるある言葉は容姿とは真逆の彼女の内面を表している。教師たちからの「愛」がプレシャスに与えられた結果、プレシャスもまた「愛」を他者に与えられる人間へと成長したのだ。
ときに、なぜガボレイがこの役についたかといえば、歌手である母親づたいにオーディションに参加したことがきっかけだ。何かとてつもない大抜擢を期待していたが、そこは現実的なコネクションだったというわけだ。そんなうまい話がゴロゴロと転がっているわけもなく、そこは期待しすぎるほうが野暮ということか。まぁでも、これでも相当のシンデレラ・ストーリーだろう。
マライア・キャリーがスッピンで、そしてレニー・クラヴィッツが看護士役で出演したりと、音楽好きの御仁の目も楽しませてくれる本作。ぜひ、劇場でご覧あれ。
プレシャス(DVD)
プッシュ(単行本)
原作:サファイア『プッシュ』
監督:リー・ダニエルズ
脚本:ジェフリー・フレッチャー
出演:ガボリー・シディベ /モニーク /ポーラ・パットン/マライア・キャリー/レニー・クラヴィッツ
配給:ファントム・フィルム
ジャンル:洋画
公式サイト:http://www.precious-movie.net/
© PUSH PICTURES, LLC
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