シネマピア
ザ・ロード
なんらかの理由で壊滅し、文明が途絶えた世界。地獄絵図と化したその終末後のなかで、人が人としての善性を失わずにいること……そのことがいかに尊いことなのか。過酷すぎるほどの描写が、その真実を見事に浮き彫りにする。
謎の大異変で激変した世界の終わりから10年以上経ったころ。太陽は見えず、寒冷化が進み、動物も植物も次々と死滅し、まさに地獄と化している。荒廃した瓦礫のアメリカを歩く父と子は、寒さから逃れるためひたすら南を目指して歩いていた。理由もわからぬまま壊滅した世界には食料がなく、人の死に絶えた民家でキッチンをあさっても、ありつけるのはごくごく稀だ。飢えと疲労、寒さに苛まされながらも、父子は“善き者”であり続けようとする……。
現実に地球が壊滅してしまったら、こうなるのだろう。ラジオやテレビは何も告げないから異変の原因が何かもわからず、ガソリンの供給も途絶えるから車も使えず、人は徒歩でしか移動せず、肉眼で見える範囲でしか世界を把握できない。本作の舞台はアメリカだが、他の国が無事ならば救援がくるはずなのにそれもないことから、この壊滅は世界的なものだと暗に知ることになる。特別な能力や格段に強い力を持ったキャラも登場せず、ごくごく普通の人々のみしかスクリーンには現れない。映る景色もくすんだグレーに覆われるのみ。ハリウッド特有のありがちなエンタメ性など入る余地もない、冷淡なほどのリアリズムだけが流れているのだ。
本作のリアリズムはそれだけではない。大地が揺れ、電気もガスも水道も車も使えなくなり、家や店の食料も尽きてしまい、檻の中の動物も息絶えてしまったのなら、残る生鮮食料品といえば知恵をもって生き延びた“人間”だ。父子の真の敵は厳しい自然ではない。食料としての人間を狩るために徒党を組み、弱者を狙い打ちにする輩たち、生きた悪魔たちなのだ。民家で安住していればそうした輩たちの餌食になる。だから常に逃げ続けねばならない……そんな目を覆いたくなるほどのリアルに戦慄をおぼえるばかりだ。
そうした極限の中でも“善い者”であり続けようとする父子。父役のヴィゴ・モーテンセンもさることながら、子役のコディ・スミット=マクフィーのその演技には目を見張るものがある。過酷な環境でのこの熱演……天才的な、などという形容詞では語りえないほどの圧倒的な光が、彼から溢れだす。荒廃したこの世界で、彼のその善なる心こそが救いの火として灯るかのように。
原作はピューリッツァー賞を受賞した全米ベストセラー小説『ザ・ロード』。終末ものとしてのみならず、ヒューマンドラマとしての金字塔ともなるであろう名作は、ぜひ劇場のスクリーンで。その際、エンドロールで席を立たず、その「音」を必ずお聞きいただきたい。
ザ・ロード(Blu-ray)
ザ・ロード(ハードカバー)
原作:コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』
監督:ジョン・ヒルコート
脚本:ジョン・ヒルコート
出演:ヴィゴ・モーテンセン /コディ・スミット=マクフィー /ロバート・デュヴァル/ガイ・ピアース/シャーリーズ・セロン
配給:ブロードメディア・スタジオ
ジャンル:洋画
公式サイト:http://www.theroad-movie.jp/index.html
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