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アンチクライスト

20110222picm.jpg ドッグヴィル』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で知られるラース・フォン・トリアー監督の最新作である本作。『ドッグヴィル』の大ファンである私は、この監督の次作である『マンダレイ』を大いに楽しみにし、そしてその出来を大いに嘆いた。その後しばらくして監督が鬱を患い、映画製作が滞っているとのニュースが流れる。そして鬱からのリハビリのために監督が台本を書いたという、満を持しての本作である。

夫婦の営みを行なっている最中に、彼らの息子が事故で命を落としてしまう。悲しみに暮れた妻は精神を病み、通常の生活にまったく復帰できない。セラピストである夫は妻の傷を癒すため、エデンと名付けた山小屋に二人で向かう——。


20110222pic1.jpg カンヌ国際映画祭で大絶賛と大嫌悪の両評価を巻き起こし、妻役のシャルロット・ゲンズブールは主演女優賞を受賞した(あれだけやれば賞をあげたくもなるだろう)。問題のそのシーンは日本公開版ではカットされているだの、修正がかかっているだのといった怪情報が流れとんだらしいが、それはまったくのデマだそうだ。映画史に決して消えることのない傷跡を大胆に残したあのシーンは、観る者の心にも容易に消えない傷を残すことだろう。

これを言ったら映画の設定を根底から覆すことになってしまうが、まず、子供から目を離したまま行為を行なうことからして不注意で非常識であり、通常ではありえるはずもないほど非現実的だ(実はこれには後半で種明かしがあるのだが)。悲しい目に逢った彼らに同情はできるが共感などできない。
他作との比較で監督には申し訳ないが、『ドッグヴィル』では、性格に難はあるが精神状態は一見正常に見える人々が段々と壊れていくさまが見事だった。だが本作の妻は正常だった頃の描写がまったくないので、もともとああいう性格だったとしか想像ができないし、人間の本質が変わってしまうということの恐ろしさというものもない。その異常な人間が異常な行為を行なったとしてもそれはその人間にとっては行動のベクトルの延長線上にある普通の行為。予想もつかない凄惨なシーンであったにせよ、彼女の異常性からすれば納得のいくものである。確かに肉体的には痛々しいシーンがあるが、『ドッグヴィル』ほどこちら側の精神を抉りはしない。また、『ドッグヴィル』はあれだけの登場人物がいながらそれぞれのキャラが際立っていた。だが本作はほぼ夫婦だけでありながら、際立つのは物質的な破壊である。あくまで私個人的な好みではあるが、二人の内面がもっと細密に曝け出される描写がほしかったところだ。

病人に鞭を打つつもりはないが、『ドッグヴィル』好きゆえに辛口の評価で書いてしまった。だが、散文詩的に綴られたシーンたちは独立しているかのようでそれぞれに干渉しあい、縫い合わされたキルトのように……そしてそれは太い針と糸で縫い合わされた布の傷口をも曝け出し……えもいわれぬ風合いを生み出している。夫役のウィレム・デフォーも、自分が妻を救えるという自惚れ、妻の実態を知ったのちの正当防衛とのバランスを絶妙に演じる。一度観たが最後、忘れられない一本になることは確実だ。

アンチクライスト(Blu-ray)
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:ウィレム・デフォー/シャルロット・ゲンズブール
配給:キングレコード + iae
ジャンル:洋画
公式サイト:http://www.antichrist.jp/

© Zentropa Entertainments 2009















エンタメ シネマピア   記:  2011 / 02 / 22

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