シネマピア
沈黙-サイレンス-
言葉の通じぬ国での布教、迫害、苦しみ、そして神の「沈黙」——。江戸初期に長崎で弾圧されたキリシタンを描いた遠藤周作の歴史小説「沈黙」を原作に、巨匠マーティン・スコセッシ監督が、日本を舞台に重厚な筆致で描いた渾身の超大作。
17世紀、江戸初期。ポルトガル人の若き司祭ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)は、激しいキリシタン弾圧の中で棄教したとされる師(リーアム・ニーソン)の真実を確かめるべく、日本へとたどり着く。だが、彼が目にしたのは、想像を絶する弾圧を受ける日本人キリシタンたちの姿だった……。
スコセッシは、撮影現場で日本人キャストやスタッフたちの意見を素直に取り入れたという。そのおかげだろう、日本人である我々が観ても本作には違和感が全くない。そのリアルな描写に、何度目を背けそうになったことか。何度、手で口を押えて声をあげないようにしたことか。ポルトガル人が、母国語のポルトガル語ではなく英語で話している点を除けば、本作のリアリティは正視に耐えがたいほど真っ直ぐで残酷だ。遠藤周作の原作という重々しい骨格に、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也といった日本映画界の名優たちの血肉をつけ、スコセッシという母体の中で大きくなり、本作という一個の生物が産み落とされた。その生物の声なき声が、観る者の心をつんざく。エンドロールがすべて終わってもおいそれと口を開けないような「沈黙」を、観客の心にもたらす。すぐには結論の出ないさまざまな思いが、考えが、観客の心に去来する。
現在でも、宗教が異なるという理由での戦争やテロは後を絶たない。だが、“宗教”という大きな括りではなくとも、本作を極小化した状況は我々の現実にもまま生じているのではないか。異なる宗教とは、もっともっと平易に言うとするなら異なる意見でもある。自分と違う意見を持つ相手を自分の意のままにしようとするとき、自分の意見に従わない者を排除したり攻撃しようとしたりするとき、そこに対立や軋轢が生まれ、苦しみとなる。だが、一転、異なるものは異なるものとして、互いが互いを尊重する気持ちを持てば、その苦しみもなくなる。それは小さな規模でのことなら簡単な話だが、そこに利益や抑圧された不満が絡んだり、国家運営、政治が絡んだりするとなるとそんな簡単な話では済まされない。国は政治のために宗教を利用し、宗教は国に庇護されることで安泰を得る。我々が歴史の授業で学んだとおりだ。
だが、そもそも神とは目には見えず、声も聞こえず、匂いもせず、味もせず、触ることもできないもの。五感では決して感じとるとことができないもの。ならば、どの宗教が正しくて、どの宗教が間違っているなどと、誰が言えよう? 他人に害さえ及ぼさなければ、誰が何を信じようが、信じまいが、それでいいのではないか。それこそが「他人の意見を尊重する」ことではないだろうか。……と、これが鑑賞後に私の小さな脳みそに浮かんだ考えである。
そういえば試写中、しかもガーフィールドと窪塚との重要なシーンの最中に、トイレから戻ってきたおっちゃんが私の目の前を横切って行った。一般の劇場とは違って、ただでさえ広くはない試写室の私の足と座席の間を、そのおっちゃんは時間をかけて横切って行きやがった。トイレに行って戻ってきたようなのだが、おかげでそのシーンはなんとなくしか観られなかったわけだ。迷惑千万。あのシーンを返せ! トイレは試写室に入る前に済ませて欲しい。年齢的にトイレの頻度が高いのなら、万一の際にも大丈夫なそれ用の品を身に着けて試写に臨んで欲しい。というか、そんなことをする人はもうマスコミ試写へは出禁にして欲しい。おっちゃんの「トイレに行きたい」という意見は「他人(私)に害(映画鑑賞の妨害)を及ぼしている」のだから、今後はこういった行為は謹んで欲しい。が、私はそれを映画会社の誰にも言うことなく、すごすごと帰宅した。私以外にも横切られた人が何人もいたので、そのうちの誰かが映画会社スタッフに何か言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。おっちゃんは、今後も別の試写で同様の行為をするかもしれない。試写中にトイレに行きたいというおっちゃんと、鑑賞を邪魔されたくないという私の「異なる意見」。こんな些細なことでも、それを調整するというのはなかなか難しいのだ(そうです私は小者です)。いわんや、国家間の宗教対立となったならばなおのこと。数々の凄惨な歴史が、その困難を物語っている。
本作が製作国アメリカで公開されたのは昨年2016年。原作の遠藤周作没後20年である。スコセッシが本作に出会ったのが1988年。30年近い時を経て、重い重い沈黙が、静寂が、我々の心にのしかかる。
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映画『沈黙-サイレンス-』来日記者会見
原作:遠藤周作「沈黙」(新潮文庫刊)
監督:マーティン・スコセッシ
脚本:ジェイ・コックス 、マーティン・スコセッシ
撮影:ロドリゴ・プリエト
美術:ダンテ・フェレッティ
編集:セルマ・スクーンメイカー
出演:アンドリュー・ガーフィールド リーアム・ニーソン アダム・ドライバー
窪塚洋介 浅野忠信 イッセー尾形 塚本晋也 小松菜奈 加瀬亮 笈田ヨシ
配給:KADOKAWA
公式HP:http://chinmoku.jp
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公開:1月21日(土)全国ロードショー
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