シネマピア
デトロイト
何の罪もなく、ただ音楽を愛していただけの才能あふれる若者たちが、残酷な運命に飲み込まれていく……。『ハート・ロッカー』で女性として初のアカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督が、『ゼロ・ダークサーティ』以来5年ぶりに題材として取り上げたのは、1967年にアメリカで起きたアルジェ・モーテル事件だ。抗うすべもなく流されていく純粋な魂たちに、果たして救いの道は現れるのか。
1967年夏、デトロイト。黒人ボーカル・グループのザ・ドラマティックスのメンバーたちは、ステージ袖で自分たちの出番を今か今かと待ちわびていた。観客は満員。音楽業界の有力者も来場しているこのステージは、音楽業界での成功を夢見る彼らにとってまたとないチャンスだった。だが、暴動の危険性からそのコンサートは中止に追い込まれてしまう……。
惨い。なんとも惨い話だ。本作は生存者らの証言から現場をリアルに再現した作品だ。ゆえに、残念なことにこれは創作物ではなく、限りなく実話に基づいた物語だ。これが現実に起こるだなんて、世界はなんて酷い場所なんだ? と思わざるをえない。日本は単一民族国家(これにも諸説あるが)だから、人種差別を実感するのは海外に行ったときが圧倒的に多い。白人至上主義者による人種差別は、肌の色の違いで黒人と黄色人を虐げる。日本人が海外で差別を受けた話は、一般人でも有名人でも区別なくよく聞く。最近は、といっても2年前だが、ミュージシャンのGACKTがフランスのレストランで受けた仕打ちが記憶に新しい。これは自分の同族を守り繁栄させたいという本能からくるものなのだろう。だが、皆が皆、本能のままに行動していたら到底文明社会は維持できない。例えば、憎い奴を殺したいと思うのも生存欲求からくる本能(憎い=自分に害を与える存在=排除)、浮気も不倫も本能(自分の遺伝子をより多く後世に残したい)、それをやりたい放題にしていたらどうなるだろう? 本能を理性で制御してきたからこそ、社会に秩序が生まれ、結果、人類は繁栄してきたのだ。やりたいようにやればそれでいいわけではない。
『ハート・ロッカー』ではイラクに駐留する爆発物処理班の兵士を、『ゼロ・ダークサーティ』ではビン・ラディン殺害への経緯を描くなど、近年は政治的題材を扱い続けているビグロー監督。トランプ大統領が行う人権政策のただ中にいて、彼女が何を思っているのかは明白だ。
昨年のアカデミー賞で白人偏重に批判が集まり、その揺り戻しからか、今年、音楽のグラミー賞では逆に白人受賞者が極端に少ないことが話題になった。昨今の女性登用の流れもそうだが、女性だから重要なポストに採用するのではなく、女性も男性も黒人も白人も黄色人も関係なく、そのポストに相応しい人がその職に就けばいいし、その賞に相応しい人が受賞すればいいだけの話だ。そもそも、これらの骨太な作品を作っているビグロー監督が男性ではなく女性なのだから、性差別も人種差別も本来は存在しえないのだ。心を覆う外側にどんな肉体を着ているか、それだけの話なのだ。
早くも今年のアカデミー賞有力候補と囁かれている本作。白人警官役のウィル・ポールターは、ぞっとするほどの演技を見せてくれた。ザ・ドラマティクスのリードシンガー役のアルジー・スミスも、警備員役のジョン・ボイエガも、他の出演者たちも素晴らしかった。アカデミー賞の行方にも期待したい。
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボール
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、アルジー・スミス、ジェイコブ・ラティモア、ジェイソン・ミッチェルほか
配給:ロングライド
公開:2018年1月26日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
公式サイト:http://www.longride.jp/detroit/
©2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Tweet |