シネマピア
【映画レビュー】屋敷女 ノーカット完全版
シザーウーマンが巨大ハサミを片手に妊婦を襲う! その女は、何のためにその家にやって来たのか? そして巻き起こる、史上最悪の惨劇とは......!? あまりのグロさに、2007年の日本初公開時には問題シーンの大幅な修正とカットを余儀なくされた大問題作が、それから14年の時を経てノーカット完全版で劇場初公開! R-18の金字塔とも言える、伝説のフレンチ・スプラッターホラーの再来だ。
クリスマス・イブの夜。とある事情で1人暮らしをする妊婦のサラは、出産予定日を翌日に控え、ナーバスになりながらも普段どおりの夜を自宅で過ごしていたはずだった。だが、おもむろに玄関のドアをノックする1人の女が現れる。ドア越しに話を聞くと、その女は思いも寄らぬ言葉を口にし始めた......。
スプラッターもの。言わずもがな、凄惨な方法で殺人が行われるその様をつぶさに映しだし、大量の血が画面に溢れかえる、グロ系もの。そんなオゾマシイもの、決して愉快ではないもの、観ていて気分が悪くなるもの、過呼吸を防ぐために口と鼻を手で押さえながらでなければスクリーンを直視できないもの、そうしたものを、人はどんな時に観たいと思うのだろうか。怖いもの見たさからだろうか。もともとスプラッターが好きだからだろうか。はたまた、現実でとある出来事に打ちのめされ、再起不能になるほど落ち込んだ気分の時、その精神状態を激烈な感情で押し流して何もかもを忘れたい時だろうか。
今回の私は前者ではなく、後者だった。一生かかっても、もしくは私の死後もその傷は消えないであろう出来事があり、暗澹たる気分になっていた時だった。非は相手方にあるのだが、その非とて、相手方は決して悪気があってそれをやっているのではないことも重々承知している。悪気どころか、やってはいけないことだとも思っていないだろう。逆に、私に良かれと思ってそれをやっている可能性すらある。それに私の方の落ち度だってなくはない。その顛末になることを予見して、防御する手立てはあった、今になって思えば。だがあの時は、まさかそんなことを相手方がするとは夢にも思っていなかったのだ。相手方はセオリーどおりにそれをしてくれるだろうと思い込み、信じ込んでいたのだ。だが、そうはならなかった。
あの時にあれとあれをしてさえいれば、今ごろはこうなってこうなって何も問題がなく……という想像を何度もする。だが、何度イメージの世界に逃げたところで、過去に起こった現実が変わるわけでも、今も残る事実が消えるわけでもない。仮に相手方に私の気持ちを告げたところで、すでに起こってしまった事実がなくなるわけでもない。逆に、私が傷ついていることを知って、相手方もまた傷つくだろう。そして相手方の傷によって、私の傷ももっともっと深いものになるだろう。今現在順調な関係性が、ご破算になってしまうかもしれない。それは私も望んでいない。何より、私は相手方を傷つけたくはない。人はそれを”理不尽”と呼ぶのかもしれないが、私はそうとも思いたくない。これは事故だ、ただの事故なんだ。そう思うことでしか、私は私自身を救えない。とにかく私の傷がこれ以上大きくならないよう、私はこれを忘れて忘れて忘れきろう。何事もなかったかのように振る舞おう。
そんなことを悶々と考えている時だった。机の上にある試写状に目が止まった。どす黒く赤いその色合いに私の心は惹かれた。そうだ、スプラッター観よう、と。(京都みたいに言うな)
結果、本作は観て大正解だった。ただのグロではない。確かに重要なシーンでは目を覆うほどの凄惨な場面、意表を突いたバイオレンスなシーンがこれでもかこれでもかと容赦なく襲い掛かるが、根底に流れているのはミステリーだ。それも舞台の大半は一軒のこの家(屋敷)のみという密室劇だ。なぜこの黒ずくめ女は、純白の妊婦を襲うのか。ヒントは序盤にいくつか散りばめられているが、そのうちのどれがその謎に結び付くのだろうか。凄惨な画面からも目が離せないが、その謎も気になってしょうがない。ラストで明かされる、その黒女の事情。残忍なその女に少しの同情すらしてしまいそうな、その事情。不条理だ。あまりにも不条理だ。それに比べれば私のその出来事なんて何もなかったに等しい。かくして、私の苦しみは本作鑑賞によって幾ばくか薄れたのだった。さようなら、全ての私の悩み苦しみ。ありがとう、全てのスプラッター映画。(エヴァみたいに言うな)
現実世界でまた苦しむことがあったなら、何度でも本作を観よう。そして現実を忘れよう。超ド級のスプラッターにこんな効能があっただなんて。本作が公開されることにこんなにも感謝の気持ちが湧いてしまうだなんて。……どこか感情の何かが捻じれている気がするが、でも、観たい理由は人それぞれでイイはずだ。皆様も、このジャンルが苦手でなければ是非。このジャンルがお好きな方、2007年の日本公開時に観られなかったあのシーンを観たい方も、是非ぜひ、ご覧いただきたい。
監督:ジュリアン・モーリー、アレクサンドル・バスティロ
脚本:アレクサンドル・バスティロ
出演:ベアトリス・ダル、アリソン・パラディ
配給:TOCANA、OSOREZONE
公開:7月30日(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺 他、全国ロードショー
公式サイト:yashiki-onna.jp
© 2007 LA FABRIQUE DE FILMS BR FILMS
記:林田久美子 2021 / 06 / 09
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