シネマピア
【映画レビュー】クライムズ・オブ・ザ・フューチャー
環境変化に適応し、痛みの感覚も消え失せてしまった近未来の人類。彼らに待ち受ける新たな脅威とは……?! 鬼才の代名詞、デヴィッド・クローネンバーグ監督が現代社会へのアンチテーゼとして贈る、監督ならではの“グロい”映像の数々は、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されるや否や、退出者が続出した賛否両論の問題作。製作に20年以上を費やしたというこの最新作は「人類の進化についての黙想」という深遠なテーマを、観る者一人一人に突き付ける。
そう遠くない未来。人類は環境に適応すべく進化を遂げ、痛みすら感じない肉体へと変貌してしまっていた。“加速進化症候群”のアーティスト・ソール(ヴィゴ・モーテンセン)は、体内に生まれ出る新たな臓器をパートナーのカプリース(レア・セドゥ)に摘出させるショーで人気を博していた。しかし政府は、人類の誤った進化への監視を強め、要注意人物のソールへの接触を図り始める……。
デヴィッド・クローネンバーグは今年の3月で齢80歳。本作の本国公開が昨年2022年だから、79歳にしてこの作品を世に送り出したということになる。私の親も似たような歳だが、近年は年相応の衰えを見せ始めている。なのにこのクローネンバーグ。この差は一体なんなんだ? 年老いた者が同じように衰えるとは限らない。年の取り方にも個体差が歴然としてあるのだ。そんな希望を我々に与えてくれるクローネンバーグ。私もこんなふうに年を取りたいものだ。
さて、そのクローネンバーグの最新作が本作だ。私とクローネンバーグの出会いといえば、若かりし頃に観た『ザ・フライ』『裸のランチ』あたりだ。当時は今ほどのCG全盛期ではなかったが、その“有り得ない”映像に度肝を抜かれ、そのグロさに敬意すら覚えたものだ。そんなクローネンバーグは、高齢になろうとも一切ブレることはない。当たり前のように異形のものがスクリーンに現れ、当たり前のように人間の肉体が大変なことになる。だが恐らく、カンヌでの退出者はグロさによるものではないだろう。クローネンバーグと知って観る方々が本作のグロさに驚くはずはない。観るに堪えないほどのグロいシーンは本作には確認できなかった、少なくとも私にとっては(グロさへの耐性がありすぎるのか?)。逆に、監督の御年のせいかグロさにも丸みが出ているようにも見受けられた。その“物足りなさ”から、カンヌの観客達は席を立ったのではなかろうか。
そんな「グロさの教祖」とも思われがちなクローネンバーグだが、本作に込められたテーマは深く考えさせられるものだ。我々が便利な生活と引き換えにしてきた、環境破壊問題。グロい映像で包まれたその中に、我々が直視しなければならない問題がさりげなく提起される。「あぁ〜グロかった〜♥」だけでは終わらせまいとする、監督の強い強い意志……20年間もの長い間あたため続けられていたその意志が、スクリーンのそこかしこに見え隠れする。
クローネンバーグ作常連のヴィゴ・モーテンセンの貫禄と、クローネンバーグとは初のタッグとなるレア・セドゥの悲しみを湛えた瞳とが、観る者をより深く、光も届かないような闇へと……本作のテーマへと導いていく。
もう、他人事ではない。もうこのテーマは架空の出来事ではない。我々はもう、その正念場に立たされているのだ。
監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン(『ロード・オブ・ザ・リング』、『グリーンブック』)、レア・セドゥ(『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』、(『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』)、クリステン・スチュワート
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
公開:8月18日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
公式サイト:cotfmovie.com
© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.
© Serendipity Point Films 2021
記:林田久美子 2023 / 06 / 09
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