シネマピア
クロエ
夫の不実を確かめるために妻が雇った娼婦、クロエ。依頼どおりに事を運んでいるかに見えた彼女だったが、その魂胆とは……。『マンマ・ミーア! 』『ジュリエットからの手紙』『赤ずきん』と話題作に続々と出演中のアマンダ・セイフライドが、その肢体を惜しげもなく披露して魔性の役を演じる。
大学教授の夫(リーアム・ニーソン)を持つキャサリン(ジュリアン・ムーア)は自身も産婦人科医として成功を収め、成績優秀な音楽大学生の息子と三人で、文字どおりセレブとして郊外の大邸宅で何不自由ない生活を送っていた。だが、ふとしたことから夫の不実を疑ったキャサリンは、偶然知り合った娼婦クロエ(アマンダ・セイフライド)に夫を誘惑させ、夫の愛を確かめようとするが……。
どんなに美しい女性でも、必ず老いていく。男性の老いはそれなりに貫録も出、人によってはそれが新たな魅力にもなるので、必ずしも老いがマイナスには直結しない場合が多い。だが女性の場合は深刻で、老いはすなわち美貌を失うこと。本作のキャサリンとて同様で、鏡を見た彼女は自分に自信をなくし、自分に魅力がなくなったと思い込む。
若い学生たちに囲まれた夫への疑惑は深まるばかりで、おまけに息子は息子で親離れを始め、取り残された彼女は藁にもすがる思いでクロエに助けを求める。まるで地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸を掴むように。
だがその実、本物の地獄にいたのはクロエのほうだ。娼婦という仕事は胸を張って世間に誇れる職業ではないし、金で縁を買われ、そして金で切られる。当然、真実の愛には飢えている。そんな折、外見以外取り柄のない自分にセレブが秘密を打ち明け、心を開いてくれたのだ。垂らされた蜘蛛の糸を掴み続けるために知恵を駆使していただけなのに、お釈迦様が自分の都合でその糸を勝手に切ったのだから、私は怒って当然よ……というのが彼女の行動論理。キャサリンにとってはストーカーから身を守る逃亡劇だが、クロエにとっては自分に酷い仕打ちをした人間への復讐劇であり、垣間見た真実の愛を再び得るための決死の闘いでもある。
絡まった二本の蜘蛛の糸は決してほどけず、動けば動くほど一層絡まりあって互いの体と心を雁字搦めにし、身動きを取れなくしていく。
糸は始終紡ぎだされ続け、周囲をも巻き込んで絡め取ろうとする。これは悲劇なのか、それとも……。ラストのクロエの表情、そしてあるアイテムにすべてが集約される。そして冒頭のクロエの言葉が何を意味していたかに思い至るのだ。
クロエの私生活はほとんど描かれないにも関わらず、彼女の目線や表情だけでその出自や渇望を表しえたアマンダの演技、監督の演出は見事。劇中のキーとして使用されているバンド「raised by swans(レイズドバイスワンズ)」もいい。売れていないインディーズのように描かれているが、なかなかどうして、本場カナダではかなりのファン数を誇る有名バンドだ。
ただ、クライマックスの最中にブツ切れで強制終了されてしまったかのような終わり方には少々不満が残る。もっととんでもないことになることを期待してしまったのは、単なるホラー好きの私の性(さが)だろうか。
とは言え、それ以外はパーフェクトといってもいい本作。今年逃してはいけない一本となるのは確実だろう。
監督:アトム・エゴヤン
脚本:エリン・クレシダ・ウィルソン
出演:ジュリアン・ムーア/リーアム・ニーソン/アマンダ・セイフライド
配給:ブロードメディア・スタジオ/ポニーキャニオン
公開:TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
公式HP:http://www.chloe-movie.jp/
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