シネマピア
ゴーストライター
作詞家としての顔も持つ私だが、実は何を隠そう、私自身もゴーストライターを打診されたことがある(過去に作品提供をさせていただいたアーティストではないので、なにとぞ誤解なきよう)。ギャランティは相場よりも高かったのだが、無論、やんわりとお断り申し上げた。とある業界なんぞは師匠のゴーストをやった挙句に自分も売れる、といったやり方もあるそうで、また、この音楽業界もあるジャンルに関して言えば、自分の作った作品がまるまる師匠名義でリリースされ、その踏み絵ののちに自分も売り出してもらえる……といったまことしやかな話も耳にする。
私ももしあの時あの話を断っていなければ、今頃はもっとガンガン作詞のお仕事をしていたのかもしれないと思うこともないと言えば嘘になるが、やはり今でも金と魂を並べられたら魂を取ってしまう田舎者なのだ。そんな経験もあってか、他人ごとではないこの職業がタイトルとされた本作は、他作品とはまた違った観点から興味深く拝見した次第だ。
元英国首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自叙伝執筆を依頼された主人公、ゴーストライター(ユアン・マクレガー)。タイトな締め切り、そしてラングが滞在する孤島に1カ月間カンヅメになる等の条件もあってか、ギャランティは破格だった。
だが、前任者のゴーストライターが事故死したという話を聞くにつけ、何やら不穏な空気を感じる主人公。気乗りがしないなか、イヤイヤ仕事に着手する主人公だったが……。
『戦場のピアニスト 』でアカデミー賞監督賞に輝いた齢77歳の巨匠、ロマン・ポランスキー。ご存知のとおり、米国での淫行事件によりアメリカの土を踏めば即逮捕の身である彼が、スイス警察当局に拘束され同国で軟禁されていたその最中に編集および仕上げ作業を行なった本作。
心掛りのことから逃れるために別のことに没頭したかったのかどうかはご本人のみぞ知るところだが、そんな制約があったとは思えないほどの力作なのだ。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)に輝いたにも関わらず、前述の理由で授賞式の壇上に上がれなかったのは、自らが為したことを思えば仕方がないことなのだろうが。
キャスティングも絶妙なのが本作の特筆すべき点だ。
ゴースト役のユアンは、ともすれば暗くなりがちなこうした系統の作品にあえて茶目っ気たっぷりの演技で臨み、エンタメ性のアップに貢献している。ちなみに、彼のゴースト役には名前がない。本来、クライアントの側からすれば存在してはいけない職業の性質を見事に表した演出だ。
元首相役のピアース・ブロスナンも、イケメンながら(イケメンだからこそ?)妻の言いなりになるがままの中身のない政治家がハマった。『007 』シリーズでのジェームズ・ボンド役のイメージが強い彼だが、ボンドとは真逆のこの役を軽薄そうに演じてみせる。また、このラング元首相のモデルがトニー・ブレア元英国首相ではないかという疑いに原作者もスタッフたちも「ノー」という。それはそうとでも言わなければいけない大人の事情があるからだろう。
他のキャストも言わずもがな錚々たる面子で、観ているだけでゾクゾクしてくる。
いかにも映画、といった音楽が昔ながらの時代性を感じさせるにも関わらず、たとえ若年層が観たとしても決して退屈にならないであろうエンタメ作品。巨匠の筆致はまだまだ衰えていない。
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロバート・ハリス/ロマン・ポランスキー
出演:ユアン・マクレガー/ピアース・ブロスナン/キム・キャトラル/オリヴィア・ウィリアムズ/トム・ウィルキンソン
公開:8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか全国ロードショー
公式HP:http://ghost-writer.jp
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