シネマピア
少年は残酷な弓を射る
母親から存分な愛情を受けずに育った子供が、どのような復讐の刃を母に向けるのか......。英国女性作家文学賞の最高峰であるオレンジ賞受賞のベストセラーを原作に、同じく女性監督のリン・ラムジーが映画化。母親役に『ナルニア国物語』、『フィクサー』等で知られる実力派女優ティルダ・スウィントン。そして本作が映画初主演の少年役エズラ・ミラーは、ティルダをも凌駕するかのような怪演で観る者を圧倒する。
旅先での手記を出版する作家という輝かしいキャリアの途中で、子供を授かったエヴァ(ティルダ・スウィントン)。生まれた男の子はケヴィンと名付けられるが、あからさまな憎悪を母親に向ける。その癖、父親に対しては天使のような笑顔で接するのだった。そしてケヴィンが16歳となった誕生日、ある事件が起こる......。
男女平等化の波は今やすでに定着して大海となり、キャリアウーマンと呼ばれる女性達は数多くいる。本作のエヴァもその一人で、書店にデカデカと自分の顔写真のポスターが貼られるほどの売れっ子だ。そのキャリアが、ケヴィンの誕生により妨げられる。そしてケヴィンを疎ましく思うその思いは確実にケヴィンに届いていく。ケヴィンが泣いていても抱きしめてあやすわけでもなく、自分の体から離して高い高いをするエヴァ。まだ言葉が聞き分けられないのをいいことに、ケヴィンを疎ましく思う言葉を彼に投げかけるエヴァ。子供を犯罪者に育て上げるのに特別な教育は要らないという。虐げたり、些細なことでも強く叱ったり、自分の思い通りに動かそうとしたり、ほったらかしにするたけでよいのだという。手をあげるわけではないけれど、虐待とも言える数々の言動をしてきたエヴァにとって、ケヴィンの憎悪の眼差しは、実は自分を映す鏡そのものなのだ。
ケヴィンの言動はエヴァを悩ませ、傷つける。周囲からの誹謗にも傷つき疲れ果て、エヴァは一瞬たりとも幸福を感じ得ない。だが、いちばん傷ついていたのはケヴィンではなかろうか。生まれてからこの方、ずっと傷つけ続けられてきたのは、ケヴィンの方なのだ。
名優ティルダにひけをとらない圧倒的な演技力で観る者を虜にするのが、少年役のエズラ・ミラー。彼もさることながら、幼少期を演じた子役の表情も末恐ろしいほど素晴らしい。
エズラは言う。「ケヴィンは悪魔でもソシオパスでもない」と。なるほど、そのことはラストのケヴィンのセリフで明白になる。
母になったことがない人はたくさんいるだろうが、母から生まれてこなかった人は一人もいない。誰しもが母親の胎内からこの世界へと生まれくる。子供のころの母とはそれはもう絶対の存在で、外の世界を知らない時分には、母という存在が世界そのものであったりもする。その母が実は自分の存在を望んでいなかったとするなら......子供にとっての世界は、苦痛以外の何ものでもないだろう。こうした悲劇を生み出さないためにも、愛をもって子供を育てることは何にも代えがたいことだ。人の集合体が世界を形成しているのなら、人を育てることは世界を作り上げることと同じ意味を持つのだから。
原作:ライオネル・シュライヴァー『少年は残酷な弓を射る』
監督:リン・ラムジー
脚本:リン・ラムジー/ローリー・スチュワート・キニア
出演:ティルダ・スウィントン/ジョン・C・ライリー/エズラ・ミラー
公開:6月30日、TOHOシネマズシャンテにてロードショー
公式HP:http://shonen-yumi.com/
©UK Film Council / BBC / Independent Film Productions 2010
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