シネマピア
それでも夜は明ける
家族と幸せに暮らしていた教養あふれる文化人が、「黒人」であるという理由だけで誘拐され、地位も名誉も自由も名前も奪われて一夜にして「白人」の奴隷に……。凄惨な実話をもとに1853年に出版されベストセラーとなった原作を、『SHAME―シェイム― 』のスティーヴ・マックィーン監督が映画化。本年度の英アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞ではすでに作品賞を受賞し、米アカデミー賞でも作品賞他9部門ノミネートとなった衝撃の感動作だ。
1841年、ニューヨーク。バイオリニストのソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、愛する妻と子供たちとともに豊かで幸せな暮らしを送っていた。ある日、知人の紹介でワシントンでの演奏を終えたソロモンは、ショーの成功を喜ぶ興行主と祝杯を交わす。だが翌朝、見覚えのない小屋で目を覚ました彼を待ち受けていた運命とは……。
日本には、明確な肌の色の違いによる人種差別はなかった。これは日本が海に囲まれた島国で、他民族の流入が困難だったためだ。だが過去の歴史を紐解けば、江戸時代の身分制度や蝦夷征伐のアイヌ人迫害、村八分やいじめのように、肌の色が同じであっても何らかの理由をつけて差別の歴史は連綿と続いている。人間に限らず、動物が複数集まればそこには上下関係が発生し、同種を殺すこともある。群れの中で優位に立つことができれば、餌にも優先的にありつけ、生命を長らえさせることができるからだ。これは人間も動物も共に持つ生存本能の成せる業だ。標準より劣って(見え)たり弱って(見え)たりする個体を排除することで、自らを外敵から守ったり食い扶持を減らしたりするものだとする説もある。浮気として非難される複数の異性との生殖行為にしても、自分の遺伝子をできるだけ多く残して種の存続を図りたいという本能。暴力にしても殺人にしても、自らの利益を阻害する個体を排除し、欲を満たして生命を維持したいという本能。奴隷制度もまた、他人に過酷な肉体労働をさせ、自らは楽をして体力の温存を図り、栄養状態の良い食物を摂り、生命を長らえさせたいとの本能からくるものだろう。
だが、そうした動物としての本能を理性で制御し、自らを善き者としようとし、社会を秩序あるものとしてきたからこそ、現在の人類の繁栄がある。動物と人間を分けるものがそこにある。
しかし残念ながら、映画『es[エス] 』で描かれた実話が示すように、地位や役割を与えられた人間はどこまでも残虐になることができる。ひょっとして、本作で語られているこの凄惨な過去の真実が、動物としての容赦ない本能が、形を変えて我々の現在に顔を覗かせてはいないか。ベネディクト・カンバーバッチが演じる白人の牧師のように、良心ある人間でありながらも、悪しき制度の中で人間としての感覚が麻痺してはいないか。そう静かに、説得力を持って語りかける力が、この作品にはある。単純な勧善懲悪ではなく、人間が持つ本能と理性との拮抗を描き出しているからこそ問いかけることができる力が。
ブラッド・ピットをして「もしあとひとつしか映画を作れないとしたら、作るべきはこれだと思った」とまで言わしめ、ピット自身が念願のプロデュースと出演を果たした本作。日本時間3月3日に発表となる米アカデミー賞の行方にも期待がかかる、歴史的傑作だ。
原作:ソロモン・ノーサップ『Twelve Years a Slave』
監督:スティーヴ・マックィーン
脚本:ジョン・リドリー
出演:キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピット、アルフレ・ウッダード
配給:ギャガ
公開:3月7日(金)、TOHOシネマズ みゆき座 他 全国ロードショー
公式HP:http://yo-akeru.gaga.ne.jp
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