シネマピア
her/世界でひとつの彼女
恋をした相手は、コンピューターのOSだった……。ありえないはずのこの恋物語は、その高い完成度を評価され本年度アカデミー賞脚本賞を受賞。監督は『マルコヴィッチの穴 』、『かいじゅうたちのいるところ 』のスパイク・ジョーンズ、主演は『ザ・マスター 』、『ホテル・ルワンダ 』のホアキン・フェニックス、コンピューターの声の主をセクシーに演じるのはスカーレット・ヨハンソン。前代未聞のこの設定に、あなたは共感するだろうか、それとも嫌悪感を抱くだろうか?
近未来のロサンゼルス。他人に代わって手紙を代筆する仕事に就くセオドア(ホアキン・フェニックス)は、人工知能型OSのサマンサ(スカーレット・ヨハンソン)と出会う。サマンサには顔も体もなく声だけの存在だが、セオドアのPCの中身をすべて知っているだけあって、絶妙な会話で彼を虜にしていく。長年一緒に暮らした妻キャサリン(ルーニー・マーラ)に別れを告げられ傷心のセオドアは、瞬く間にサマンサにハマっていくが……。
これははっきり言って、好き嫌いが相当別れる映画だろう。確かに、賞を取っただけあってセオドアとサマンサの恋のやり取りは人間同士のそれのように実にリアルだ。鑑賞中も時折、実在のサマンサが遠距離恋愛の相手のように思えてしまうほど秀逸だ。だが、そもそもの設定が“感情を持たない”OSという恋人だ。それがあたかも“感情を持っている”かのように振る舞う。舞台である近未来ではOSが感情を持つことが可能となっているかもしれないが、そうした描写は一切ない。また、セオドアが該当広告でこの“商品”を知った以上、無料でこのOSをインストールできたはずはないのだが、これが何ドルだったかの描写もない。あたかもサマンサが人間であるかのように観客に印象付けるための練りこまれた脚本だ。さすが賞を呼び込んだ脚本だ。上手い。
これの恋はまるで、ゲームやアニメのキャラクターに入れ込んでいるようなものだ。事実、そうした感情が生まれないこともないかもしれないが、それらのキャラは実在ではない。それをわかった上で恋をするのならある意味“健全”だが、実在すると思い込んでいるのなら“痛い”状態だ。セオドアはかなり痛い人にも関わらず、実に美しい恋が画面上に展開していく。これを咎めるのは劇中で一人しかいないのだが、私はその人の言葉に大いに共感してしまったのだ。……つまり、私はこの設定に感情移入ができないクチだったのだ。だが、アメリカの映画評サイト「ロッテン・トマト」では高評価を集めているという。私だって、舞台設定を無視すれば本作の内容は大いに評価できる。が、とにかく、ぶっ飛んだ未来ではなく手が届きそうな近未来において、「無機質が意識を持つ」状態が何の説明もなしに展開されることは受け入れがたいのだ。
本作といい、同性愛といい、世の中の風潮は子供を生まれさせない方向にシフトさせたがっているように見える。人口増大を阻止するためには、エンタメの力を借りたマインドコントロールだってなんだってやる……。そんな見えない意志を本作に垣間見たのは、いつもの私の考えすぎなのだろう。本作に共感できる“進んだ人たち”が心底うらやましい。
監督&脚本:スパイク・ジョーンズ
出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソン
配給:アスミック・エース
公開:6月28日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト:http://her.asmik-ace.co.jp
©Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
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