鉄、この部屋
【駅員はつらいよ】ヤアヤアヤア! K大入試がやってきた
2013 / 02 / 01
久しぶりに駅員さんのネタを。
1月もあっという間に終わり、早いもので今日から2月。駅員として迎えた2月の思い出といえば、そう、「受験」である。
繰り返し書いているように、私がいた某駅は有名企業が数多くオフィスを構えるサラリーマンの街であり、さらに有名大学も多数ある学生の街でもある。それ故17時以降などは家路に着くサラリーマン、そして学生で毎日ごった返すわけだが、当時2月のある日、いつもより少し早い16時くらいに大量の高校生(と思しき学生)が駅にやってきて面食らった覚えがある。
よく見てみるとその一団は親子連れ(特に母親)の数が多く、そういえば15時くらいから某駅には人待ち顔の女性(たぶん母親)も多かった……ああそうか、この人たちはK大学の受験に来たのだな、そうそのとき気が付いた次第だ。
“K大学”があるT線=東急線の駅・その1
國學院大學がある東横線・渋谷駅。
今年3月15日で見納めとなるおなじみのホームに、副都心線車両が入線入試と鉄道――。
これはまた別の話であるのだが、2月になると以下のような鉄道ニュースを見かけることがままある。
大学(高校)入試に向かうべく、勇躍乗り込んだ特急電車。しかしその電車は大学の最寄り駅は通過してしまうことに途中で気が付く学生。その手前の停車駅もなく、引き返したとしても開始時間に間に合わない。そんな様子を見かねた乗務員が大学の最寄り駅で緊急停車し、学生はギリギリ学校へ――。
なんかその、鉄道会社としては「本来はそんな措置はとれない。必ず停車駅を確認の上で乗車を」などとオカンムリで事後アナウンスするも、なんとなく美談として報じられたりする話なのだが、じゃあ命懸けの20億円の商談に同じミスで遅れそうというサラリーマンにも救いの手が差し伸べられるのか。そもそもひとりの受験生を救うために命懸けの20億円の商談(←しつこい)に遅れた人が現れたらどうなってしまうのか、という気がしてならない。
緊急停車した鉄道会社こそ、どこの誰を降ろしたかは把握していそうな気もするが、大学側はそんなこと知らんこっちゃないだろうから、極端な話、存在を知っているのは片一方だけかもしれない。ははは、存在しているのかホントに(笑)。土台、そんな大事な日に電車にも乗れない(しかも時間ギリギリだ)学生さんは大学生たりえるのか……そこまでは言わないでいいかな(笑)。
“K大学”があるT線=東急線の駅・その2
国士舘大学がある田園都市線・三軒茶屋駅さて今のは余談として、某駅での話。利用者数が多くなると、駅員に尋ねてくる人が多くなるのは当然のことで、その日は何度も以下の質問を受けていた。
「すみません、明日はHという駅に行かなければいけないのですが……どうやって行ったらいいでしょう?」
ああT線のHですね、そちらはJRではなくてT線になります。当駅からならM黒やG反田まで行ってT線に乗り換えられますし、当駅使わずに下の都営地下鉄M田線を使う方法もあります。もちろんS谷やK田、O井町からT線なんてのもOKです。
Hといえば某駅同様にK大学のキャンパスがある。先に書いたような案内に続いて、相手が親御さんだと「今日ここにいて明日がHってことはお子さんK大受験だ。優秀なお子さんですねえ。どうか頑張って」なんて繋ぐと親御さん破顔一笑。自慢のお子さんなんだろうなあ、オレも死んだ親父にこんな思いをさせてやりたかった、なんてことを思ったりしてみたり(笑)。ちなみにこれは親御さんではなく、おそらく単独で受験に来た学生さんだったが、Hまでの電車での道程を確認後「まだ夕方で明日まで時間があるので、そこまで歩けますか?」と来た。ご冗談でしょ、と振るのも憚られるほど大まじめに聞いてこられたので、G反田から国道2号を通って丸子橋、綱島街道……などと説明したのを覚えている。20キロ以上あるはずだけれども、とりあえず次の日も無事に受験はできたのだろうか……?
“K大学”があるT線=東急線の駅・その3
神奈川大学がある東横線・白楽駅。
ん? K大があるH駅......?某駅にも様々な想い渦巻くK大入試日だったが、最後にこんな思い出を。
当然その日の受験で帰省するみなさんもいるわけで、自動指定席券売機(MV)の操作を私が請け負っていた親子連れ。
博多までですか、今日の今日で大変だなあ……そんな呟きに対し何気なく「飛行機と悩んだんですけどね」と答えたお母さんに、駅員はこんなことを言っていた。余計、なんだけれどね。
「飛行機は目的地に着くために絶対に高度を下げます。しかし、東海道・山陽新幹線はズーッと横に行くだけで、“目的地に落ちて”帰り着くことはありません。新幹線を選んだのは吉兆です。4月に必ずお子さん、ここへ帰って来られますように」
いや、関門トンネルではさすがに下がるのか、なんてさらに余計なことも思いながら、発券されたきっぷを手渡した。どうぞ気を付けて――。
あのときの親子連れはどうしただろうか。間もなく4年。無事に合格していれば卒業、という尊い年月が流れようとしているのを、あの日「気を付けて」の後にお母さんが浮かべた涙とともに思い出した。
たまにはこんな思い出も、あっていい。
それが駅。
利用者でもそれを見送る側でもない。
そんな駅員にとったって、それが駅。
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