鉄、この部屋

【駅員はつらいよ】どこかの誰かと「イス取りゲーム」

2013 / 05 / 21

久しぶりに駅員さんのおはなしを。

以前、ヒマでヒマでしょうがない日のことを書いた。サラリーマンと学生の街である山手線某駅、お盆休みのとある一日に駅員(=私)に声を掛けたお客さんはわずかにふたりだけ……なんておはなしだったが、今回は逆に混雑していたときのことを。

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某駅が混雑するひとつの要因はこの東海道・山陽新幹線?
写真は700系。N700系登場以前は「のぞみ」の主力車両でした
 
きっぷ売り場周辺をウロウロし続けることが仕事だった私が、半端じゃない混雑状況を捌ききったことで思い出に残っているのは三つ。まず“ヒマ”の回で最後に触れた1月5日の『定期券購入狂想曲』。今年3月に東横線が副都心線(西武、東武)に乗り入れた直後、定期券売り場に毎日のように長蛇の列ができているのを見るにつれ、あの日の記憶が蘇ったものである。次にこれはそのまま書いている『帰宅ラッシュ時に運転見合わせ』……これいま思い出したのだが、私が在席した期間に一度だけ、某駅が現場となってしまった人身事故があった。当然のように運転見合わせになったのだが、ラッシュ時ではなく昼下がりだったことが大きかったのか、そんなに混雑した記憶はない(野次馬は多かったけれど)。あ、この話はいずれまた。
そして最後のひとつが、主に金曜日の夕方に起こる『新幹線の指定席をめぐる戦い』である。

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こちらは東北新幹線の「はやぶさ」。
東北系の新幹線は「はやぶさ」をはじめ全席指定席のものがあり、
指定席が満席の場合は「立席特急券」が発行される。
立席特急券は指定席がない=自由席と同じ扱いながら、乗車する便が指定されているのが特徴
繰り返すように某駅はサラリーマンと学生の街なので、平日の17時を過ぎるとかなりの帰宅ラッシュが始まる。みんながみんな定期券やらSuicaを持っているとか、近距離きっぷを買うだけならばたいした混雑にもならないのだが、会社帰りに定期券を買ったり特急券を買う目的で滞留する人も多いので、きっぷ売り場周辺は勢い大混雑の様相となる。建前上、指定席券売機の案内が担当の私は、そこに並ぶ人から質問があれば答え、必要とあれば機械も操作し、さらに長蛇の列になっている「みどりの窓口」から券売機に誘導したり、尋ねられれば駅周辺の道案内なども行なう。あっちに呼ばれこっちに呼ばれにはなるが、これはこれでやりがいのある時間であった。
そしてここに週末や休日前になると、いわゆる「帰省ラッシュ(のようなもの)」が加わる。夕方から新幹線や特急に乗って遠くに行くって人はそりゃ毎日いるのだが、週末になるとその勢いが違う。特急券や指定席券を買うために指定席券売機の列も「みどりの窓口」の列も一挙倍増となる。私の場合「18時になったら気にせず事務室に引き上げてください」と言われていたこともあり、質問されなければお客さんが並んでいても引き上げていたのだが、週末だけはそうもいかなかった。まだ自分の番まで数人先でも「操作がわからないので一緒にやってください」って“予約”されていたりすると、見捨てて帰るってわけにもいきませんのでね。

さて、週末のそんな場面でなかなかシビアなのが「指定席に座りたいお客さん」である。もう指定席券を持っている、もしくは「えきねっと」など予約システムを使ってすでに予約済み→発券するだけならばいいのだが、「いままさに指定席を取ります」という腹づもりで駅に来たお客さんはたいていガックリ肩を落とすことになる。週末の夕方以降って、特に新幹線の指定席はほとんど満席になってますから。
首都圏にあるJR東日本の各駅には新幹線(おおむね東海道・山陽、東北、秋田、山形、上越、長野の各線)の指定席の残席状況を表す表示板があるが、同じ夕方でも平日の月曜日から木曜日はほとんどの列車、目的地で『○(残席10席以上)』ばかりなのが、金曜日など休日前は逆に『×(残席なし)』ばかり。これがグリーン車になると『○』も多いのだが、贅沢を避けようとすれば残された道は自由席ということになる。そんな日の自由席が簡単に座れるものかどうかは言うまでもない。なんとも気が滅入る遠出になってしまうわけだ。

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JR東日本系の新幹線の残席案内板。
ところどころグリーン車の残席がわずか(『△』)のようです
「あれ? もう指定、ないんだ……」
ある金曜日のの夕方、指定席券売機で東海道新幹線の指定席を取ろうとしていた40歳代後半と思しき男性がいた。これから新大阪方面に向かう人が多いのか、画面には『×』が並んでいる。そしてこのときはグリーン車も軒並み『×』だった。
そうですね、申し訳ないですが……との駅員の言葉で、たいていの人は自由席にする、または「とりあえず東京(品川)に行ってみる」なんてことで改札に向かう。ただ、この男性は諦めなかった。ちょっと時間を遅らせてみるか……と画面を繰っていると、『×』だらけの画面に、ひとつだけ『△(残席9席以下)』があった。
あ、これでいいです、男性がそう言うか早いか、私は横から『△』のボタンを押した。数秒後、「ご希望の座席はお取りできませんでした」と画面に表示された。

東海道新幹線は莫大な利用客がいる。それ故にキャンセルや乗車変更も相当数あるため、『×』だった指定席がふと『△』になることは結構あったりする。それを偶然に見つけることができた何人かが一斉にエントリーし、早い者勝ちでその席を得ることができる。先の男性はほかの誰かよりも遅かったということになる。

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指定席券売機の画面。
金曜日の夕方を指定してみましたが、火曜日の時点ではさすがに『○』が並んでいました
「お、こんな手があったか」と気が付いたのは私よりも男性のほうが早かった。「すみません、もう一回さっきの画面にしてください」、そう男性が言ったとき、この人は取れるまでやる気だと悟った私は、なんとかこの場を離れるべく周りをうかがったのだが、こんなときに限ってほかの誰も私を必要としていない(笑)。ならばしょうがないと、この文字通りの“イス取りゲーム”に付き合うことにした。

『△』ならば“こだま”でもなんでも押しますよ。それで頼みます――そう意思統一して、出る『△』を叩き続ける。「ご希望の座席は……」画面でもう一度。この繰り返しである。いま思えば後ろに並んでいたお客さんがよくなにも言わなかったなと感心するが(いないわけはない)、おそらく15分ほど格闘したはずである。ポーンと『△』を叩いたあと、聞き慣れた発券作業をする音が聞こえた。
やりましたっ――当初は、いやいや金曜の夜なんだから指定席なら最初から取っておこうよ、なんて滅入っていたのだが、いざ15分も掛けて取れればもう戦友(笑)である。男性と思わずガッチリ握手をしたその瞬間は、なかなか忘れられないヒトコマなのであった。

それから1週間。同じ金曜日、同じような時間に再びその男性がやってきた。私を見つけるなり、
「この間はありがとう。どうしても実家へ帰らなきゃいけない用事ができてしまって……本当に助かりました」
いえいえどういたしまして。で、今日もまさか……。
「ええ、今日も突然帰ることになりまして。でももうやり方は覚えましたから、今日は自分でやりますよ」
味を占めちゃ困ります(笑)、後ろで待っている人もいるのでホントはほどほどにしてくださいよ。そりゃもちろんです、そんなやり取りでこのときの私はお役御免。事務室に引き上げる際にちょうど指定席券売機の番が回ってきた男性、20分後に一般人となった私が通りかかった際もまだ格闘を続けていた。あーあ、後ろずいぶん並んじゃってるなあ……。

あの日、二度目の“勝利”は男性に舞い降りたのだろうか。主な開催日程は金曜夜。オンラインを駆使した新幹線版の“イス取りゲーム”は、お客さんの数だけ今日も続いている。











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