【晩秋は駅】始発駅「人生は前にしか進まない」――ヘルシンキ中央駅
フィンランド・ヘルシンキ
ヘルシンキ中央駅。「人生は前にしか進まない」フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキに、2002年カンヌ国際映画祭グランプリと主演女優賞をダブル受賞した『過去のない男』という作品がある。夜、列車でヘルシンキにたどり着いた男が、公園で暴漢に襲われ、身ぐるみはがされて瀕死の重傷を負う。一命をとりとめたものの、男は過去の記憶をすべて失くしてしまったことに気づく。かつての仕事も、住んでいた場所も、自分の名前さえも忘れてしまった男が、街の人々との出会いと交流を通して新たな人生を切り拓いていく。映画冒頭で主人公が到着するのが、ヘルシンキ中央駅。
シンプルかつクラシックな雰囲気の駅舎内ヘルシンキ中央駅はターミナル駅で、鉄道路線が駅を通り抜けず行き止まり式の終着駅になっている。ヨーロッパの鉄道ではこのタイプの駅がよくあって、特に大きな都市ではターミナル駅が都市の玄関としての役割を果たしていた。玄関口らしく、駅舎は壮麗重厚なデザイン、ホーム上には巨大な屋根がかけられ、利用客に強い印象を与える。そんな様式がロマンチックさも醸し出していて、ヴィットリオ・デ・シーカ監督のイタリア映画『終着駅』では、ローマのテルミニ駅が恋愛物語の舞台として効果を発揮している。
ヘルシンキ中央駅の現在の建物は、建築家エリエル・サーリネンによって設計された。サーリネンは、フィンランドにおけるナショナル・ロマンティシズム文化運動の担い手で、コンペで選ばれた彼の当初の設計デザインは、「フィンランドらしさ」を追求しようとしたものだった。しかし、その中世的な外観に他の建築家達から非近代的・非合理的と批判が殺到、建築家サーリネンはそれを聞き入れたうえで、徹底的に計画変更したという。デザインの国フィンランドらしいエピソードだ。時計塔と正面出入り口両脇に2体ずつ鎮座するランプを持った像が特徴の駅舎は、フィンランド産の花崗岩で造られていて、2013年BBCで、世界でもっとも美しい駅のひとつにも選ばれている。
ヘルシンキ中央駅の目印・時計塔カウリスマキ映画『過去のない男』日本上映版キャッチフレーズは、「人生は前にしか進まない」。覚えているのは、自分が列車に乗ってこの街にたどり着いたことだけだ、と落ち込む主人公に、救いの手を差し伸べたコンテナで暮らす男が「人生は後ろには進まない」と言う。終着駅は同時に始発駅でもあるのだ。
ランプを持った像が見守る中、駅舎はただいま改装中
Tweet |