【晩春は湖】五十里ダムの鯉のぼり
栃木県日光市
ぽってりした八重桜の花弁がポタポタ落ちて、ピンク一色に地面を覆い尽くすと、「せーの!」と声を合わせているかのように瑞々しい若葉があちこちに出現しはじめ、新芽特有の明るい緑色が、あちらこちらから、わたしたちの目をうるおしてくれる。
じめじめした梅雨が来る前のほんの短い期間。暑からず、寒からず、さわやかな5月の風を感じられる場所へ、ふらっと出かけてみるのもいいかもしれない。
さて、日光といえば、東照宮や華厳の滝などが観光名所の鉄板なのは言うまでもないし、修学旅行に紅葉ツアーの定番と言えばこのあたりなわけだが、他にもおもむきはちがうが、名所はある。
例えば、五十里湖(五十里ダム)をご存知だろうか。
日光国立公園にも指定されている五十里湖。
字面をぱっと見ただけでは読めないが「五十里湖」と書いて「いかりこ」と読む。
現在の五十里ダム(五十里湖)は天然の湖ではなく人造湖で、重力式コンクリートダムである。
利根川水系においては、初の多目的ダムで、竣工当時は日本一の高さを誇る提高だった。
現在では、富山の黒部ダムにナンバーワンの座をゆずってしまったが、112mもある五十里ダム提高は、足がすくむような高さであることにちがいはない。
ここ五十里湖は、江戸時代は天然のダム湖だった。
日光大地震による山腹の崩壊からできた天然の大きな湖だったという。
湛水面積は現在のダムよりも壮大で、湖の高さは70m。
江戸時代、大雨による決壊で宇都宮まで及ぶ大規模な被害が引き起こされるまでの40年間、確かに存在していた。
5月初旬になると、この提高上いっぱいにロープが張り巡らされ、その線上を大きな鯉のぼりが泳ぐ。色とりどりの鯉のぼりが、悠然と空をおよぐ姿は実に美しい。
車でダム沿いの道を走らせていると、カラフルなフラッグが目に飛び込んでくる。
よくよく眺めると、五線紙の上の音符のように、鯉のぼりが優雅にうねったり、大きく口を開けて歌ったりしているため、思わず歓喜の声を上げ、つい眺めてしまいたくなるが、鯉のぼりは逃げたりしないので、きちんと駐車スペースまで行って、車を停めてから、じっくりと見ていただきたい。
他の季節の五十里湖は、空に向かって連なる鯉のぼりほどの派手な見所はないものの、ダム湖の周りでは、四季折々の景色がたのしめる。ためしに一度は訪れてみてほしい。
紅葉の季節の日光も絶景だけれど、晩春の日光も捨てがたい魅力があり、わたしたちの目をたのしませてくれるはずなのだから。
※参考文献 鬼怒川ダム統合管理事務所HP、一般財団法人・日本ダム協会HP
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