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わたしこんなの買ってはる
下町ナポリで出会った商売ジョーク、いやジョーズな理髪店
イタリア・ナポリ
洗濯物が並ぶ下町の風景
現住所こそ北イタリアながら、夫は南イタリア出身。そんな私は年に何度か彼の里帰りに付き合うこととなる。
ようやく春めいた4月下旬、今年2度目の訪ナポリが慣行された。
何度行っても行く度に何か発見があり、驚きがある。
発見、驚きとは主に北と南の習慣の違いによるものだ。
たとえば、行き交う車の交通量とその走るスピード、そしてクラクションの音。南では道幅が広いのに横断歩道も信号機も見当たらない。歩行者は車を止めながら道路を横断する。慣れない旅行者にはかなり難しい技なのだろうが、ここの空気に慣れるとそれもなんとなくコツがわかり、横断も楽になる。……誰も信号も横断指定場所も守らないのだから、逆に歩行者が車を押しのけてムリやり道路を横断しても誰も文句を言わない。慣れるとこれはかなり快適に感じる。まさに、これこそ無秩序のなかの秩序。
さて、ナポリの下町と呼ばれるスパッカ・ナポリ。ここには細い路地にナポリ独特の風景が見られる。器用に吊るされたたくさんの洗濯物が見える細い路地、土産物屋がところ狭しと軒を並べ、食料品、雑貨類などを扱うメルカート街も、北の雰囲気とはかなりの違い。
独特の強い訛り、大きな声、黒い瞳と黒い髪、荒々しい仕草はナポリ独特。どこかしらアジアンな雰囲気さえ感じる空気が流れている。
魚屋に並ぶ魚介類は新鮮で安い
野菜は色が濃く、力強い
地元民の生活の一端が垣間見られるのはやはり食事情。メルカート街に入る。道端に並ぶ魚屋は、衛生的な問題から一時閉鎖に追い込まれたが、強い反対のもとにすぐに復活。魚屋の発する大きな呼び込みの声は市場ならではの活気に拍車をかける。ちなみに、ナポリの街の不衛生さは数年前にだいぶ派手に取り上げられ、世界中に知れ渡ってしまったのだが、それ以降は少し落ち着いている(といっても、清潔な町とは到底言えない)。
八百屋の軒先は季節の野菜が雑然、無造作に並べられるが、それがかえって野菜の力強さを感じさせ、肉屋もパン屋も飾り気もないところが食材の素朴さとたくましさを訴えかけているようだ。
シンプルさが美味い、ナポリピッツァ
そしてナポリといったら忘れてはならないのが、ピッツァ。イタリアに居てもナポリで食すピッツァは別物。まさしく本場の味。生地が美味い、トマトが美味い、そして新鮮なモッツァレッラ、素材の美味さだ。町のあちらこちらにピッツェリアがあり、それぞれに歴史がある。そして何より驚くほどの安さ。もっともシンプルなマルゲリータ(トマト、モッツァレッラ、バジリコ)は1枚(直径30cm弱)3.5ユーロ(約450円!)。北イタリアでは約2倍はする。メルカート街にある立ち食いピッツェリアには、毎日人だかりができる“揚げピッツァ”の店もある。
メルカート街には、とにかく食べるものに対する貪欲なナポリっ子の勢いを肌に感じる思いである。
そんな食べ物街に興味をそそられつつ、港のある海辺までまたもや車の合間をくぐりぬけながら進む。
……と一軒の古めかしい理髪店の前を通りすぎる。一度通りすぎてから“えっ???”と思わず後戻り。店は今どきでは珍しいだろう、レトロな椅子やら道具類が並んでいる。そこに居る主人もなんだか店の雰囲気と調和しているのがまたいい。
レトロな理髪店の店内
これが店先の料金表。辞書で右上を翻訳するべし
足を止めて後戻りまでしたその理由は、店前に貼られた料金表。内容は、“政治談議+整髪15ユーロ、スポーツ談義+整髪15ユーロ、整髪のみ20ユーロ”。
だまって髪を切ってもらうだけでは高くつくのだ。熱い討論が好きなナポリ人らしい。思わず苦笑い。でも、この店の主人と話が合わなかったり談義が決裂した場合には、整髪は注文通りにこなしてくれるのだろうか。髭剃りの途中で故意に手をすべらせたりしないのだろうか……少々、いや、かなり心配だ。
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特集 : わたしこんなの買ってはる 記:白浜 亜紀 2010 / 05 / 10