勝手に読書録
三たびの海峡
作者名:箒木 蓬生
ジャンル:小説
出版:新潮社文庫
三たびの海峡(新潮文庫)
主人公は朝鮮人。物語は彼が釜山から日本へ向けて船に乗り込むところから始まる。
彼にとって3度目の渡航。最初は戦時下の日本軍によって強制連行されようとした父の身代わりになって日本へ、16歳の時。
2度目は強制労働の炭鉱から命からがら脱走の後、見初めた日本人女性を伴い密航した。
過酷な強制労働と凄惨なリンチ。物語のほとんどを占める回想シーンを重ねることによって、3度目の渡航の目的、すなわち彼がどう人生を総括しようとしているかが少しずつ明らかになっていく。
こういうのを「反日小説」というらしいが、凄惨な状況を丹念に描写してはいるが、それに対しての思想的、政治背景的な説明はどこにもない。
少なくともこの作品からは箒木蓬生がいかなる思想変遷をたどったかは測れない。彼をして書かしめた動機も経緯も記されてはいない。どこからどこまでが「事実」なのかさえ明かされてはいない。
「物語に過ぎない」と言ってはそれまでだが、丹念な取材が重ねられたリアリティはもはや物語を超えて真実を訴えかける。少なくとも読み進める読者の胸中で確実に「事実」へ置き換えられていく。読めば誰でも2度とあってはならない、いわば日本史の汚点を認識せざるを得ないだろう。
思想を語らず、政治を説かずただ物語ることによって、かえって史実に公平な光が当てられる。それこそが著者の心ではなかったか。
そしてまた、「戦争を知らない」世代が意識するとしないに関わらず歴史の責任を負うとするなら、最もすべきは「公平な判断」をし得る基盤を求めようとすることに他ならない。
終戦直後、身重の体を抱いて言葉も分からない半島へ渡り、かの地の人民となる決意をする千鶴は言う「機雷に当たっても死ぬ時は一緒ね」。
「愛こそが恐れず国境を越える」は月並みだなど、誰も言えなくなる。