勝手に読書録
アンダルシア
作者名:新保 裕一
ジャンル:ミステリー
出版:講談社
アンダルシア
乱歩賞作家にして映画版ドラえもんの脚本家としても知られる新保裕一。乱歩賞受賞作である『連鎖 』など官僚組織を舞台にした“小役人シリーズ”の、さらに「外交官・黒田康作」にスポットを当てた最新刊、それが『アンダルシア 』だ。
まず始めに、前作である『アマルフィ 』は未読であることをお断りしておく。そのうえで捉えるのならば、本書を貫く一本の芯は「外交と官僚」である(前作からそうでもご容赦)。
近年、外交の裏側などが元外務官僚や外交官によって著され、国民の目に留まることが多くなってきているが、各国間で用いられる交渉には、自国益(保身も含めて)を守るためにさまざまな駆け引きが行なわれている様子がうかがえる。極端な例を挙げれば、国益を守るためには“死人に口なし”を最大限に利用したりする、そのリアリティにはふと背筋が寒くなるが、その“現実”をコントロールしているのは官僚組織であり、また官僚その人である。
国益で動く、省益で動く、自己保身で動く、いやそれとはまた別の――。さまざまな意志を持った官僚――“公務員”のほうがしっくりくるか――が登場するのが本書である。
主人公である外交官・黒田康作は邦人保護のために向かったカナリア諸島から、急遽の会議同席のためスペインに入ったところ、バルセロナの総領事館にて「アンドラでパスポートとサイフを落とした」という日本人女性からの電話を受ける。偽名を使うなど不振な点が目立つその女性・進藤結香をバルセロナまで送り届けたものの、翌日彼女には殺人容疑が持ち上がり――
物語の冒頭から、日本の外務省、外務官僚や在外公館の姿勢について、“冷たさ”や“自己保身”を感じさせる記述が出てくるが、黒田自身はそれに逆らった動きを見せつつも、「それができないから厄介者呼ばわりされている」などと自己分析もすることで、読んでいる側も「現実はそういうものだよな」と妙に納得ができる。これがもし上司を「事件は会議室ではなく現場で起こっているんだっ」などと怒鳴りつけて出動したりしたら、痛快を通り越して興醒めである(最終的には警察を従えて推理を語る場面もあるが、黒田自身も違和感を語っているし、ミステリー小説の範囲内と言えるだろう)。
そして黒田と外務官僚とほかに、他国の官僚――警察官が登場する。殺人事件が起こった当該国・アンドラと、同じく事件を追うアンドラの元宗主国・フランスとスペインの警官たち。アンドラという小国を見下ろす態度のフランス人警視に降伏しそうな上司に対して、意地を見せたい現場のバスケス警部補とその仲間。よくあるミステリーだと主人公的なアツさを持つのはこのアンドラの警部補グループだが、彼らが主役ではなく脇を固めていることで、前記した黒田目線での官僚的対処や外交交渉の真実の姿がより浮かび上がってくる。
もちろんミステリーの部分も、最初から最後まで登場人物たちの立ち居振る舞いがフィナーレへのヒントとしてちりばめられている。
進藤結香とはいったい何者なのか。あなたが気になるこの人物の目的は国益か、自己保身か、それとも――?
文中に出てくる人物のちょっとした描写は前作を読めば理解できるはず。順序は逆になったが、『アマルフィ 』も楽しみな一冊となった。
あえて最後に。
映画云々は触れないでおく。未見だというのもあるが、おそらく相当違うことは予感できる。