初恋物語

期限付きのリトル・ロマンス

事でも人生最初に経験することには、「初」という冠をかぶせるものだが、私の場合はどれもこれもに「初」の字が付くように思う。
初恋とて同じことだ。幼少よりヘンにませていたのと、どの出会いも新鮮でこれこそが初めての恋!と自分勝手に信じる癖があったのとで、いわゆる初恋が一体どれだったのか、既によく覚えていないという体たらくである。

ところが今にして思えば、これこそが真の初恋だったのだ、と認めざるを得ない衝撃的な恋を実際はきちんと経験していたのだった。

彼の名は、ロビン。家族の都合で日本へやってきた、アメリカからの転校生であった。緑色と灰色が混ざった、実に複雑な色合いの瞳を持つひょろひょろの少年を一目見たとき、私は息をのんだ。薄茶色の髪を学生らしく切り揃え、きちっと制服を着てはいたが、それらが情けないほどゼンゼン似合っていない。どうしてこの人が今、ここにいるのだろう?と思わざるを得ない違和感。何だか、間違い探しゲームを目の前に突きつけられたような感じがした。彼のおどおどした表情と仕草が、何とも気の毒で仕方がない。こんな、頼りなさそうな子が人前に立っているなんて!かわいそうに!

そこで私は思った。待てよ...そうだ!かわいそうたァ惚れたってことよ!誰が言ったか、そのセリフが頭に浮かんだ。そう、惚れたのだ。
一目惚れ、これが今思えば本物の初恋の始まりであった。

好きとなったら何ごとも忘れて打ち込むのが私の信条だが、これは当時から全く変わっていない。いや、この初恋がこの信条を作り上げたのかもしれない。日本語が全くしゃべれず、1人ぼっちだった彼に、手取り足取り世話をやく毎日が始った。級友たちは、よくやるよ、という表情で半ばあきれ返っていた。私が何か手伝うと、彼はにっこり笑って覚えたての「アリガトウ」を連発する。そういった小さな出来事が度重なるうち、私とロビンの距離が徐々に近くなっていく。自然と何気なく肩を組んだりするようになり、最初は手と足と筆記だけだった2人のコミュニケーションにも、日本語と英語が混ざるようになっていった。

学校での勉強の予習は、主に図書館で行った。ロビンへの宿題はもちろん割愛されていたが、それでも私は彼の分まで頑張って仕上げる努力を重ねた。それまで、宿題などやったためしがない自分に、これだけのパワーが潜んでいたということに非常に感動した反面、自分はかなり現金であることを認めることになった。恋は人間をここまで変えるのだということを知り、自信のようなものを覚えた。

今ならば「アメリカからの転校生」としてクラスの人気者になれたであろうが、今から30年ほど前の当時は少々状況が違った。毛色の違うロビンは、終始見世物扱いで、教室の隅でかしこまっていなくてはならない存在だったのだ。
彼が別人と化すひと時は、英語と体育の時間だけ。シュートを決めるバスケでの華麗な姿に惚れ惚れしていたのは、実は私だけではあるまいが、ロビンと堂々と手をつないで歩く日が来たのは、彼が帰国する半年ほど前のことであった。

初めて校外でデートをしたのは野球場だった。なぜか広島カープのファンだったロビンの影響で、私もCのついた赤い野球帽をかぶり、一緒にメガホンを振って応援合戦に興じた。

親でさえ忘れていた誕生日を彼はしっかり覚えていてくれ、箱詰めのチョコレートをくれたこともあった。食べるのを惜しんだ結果、そのチョコレートはつい最近までそのまま机の中にしまってあり、見事化石化していたが。

2人の間で実際に交わされていた言葉は、チャンポンの英語と日本語だったから、頼りないこと極まりなかった。しかし、2人の心の中で交わされた言葉は、しっかりと通じる恋、という言語であったに違いない。

仲良くなってから約1年後、彼の帰国が近づいてきた。お互い、沈黙することが多くなる。 何か、思い出を作っておこうと思いながらもそれがお互い言い出せない。
そこで1度映画を見に行こう、ということにした。当時、『リトル・ロマンス』という映画が上映されていて、銀座の映画館まで2人で観に行った。どうも、映画の主人公たちと自分たちの立場がどことなく似ている。それを見ているのが苦しくなって、私は席を立った。ロビンは、泣きながら最後まで映画を見ていた。

帰国の日。ロビンと家族を見送りにいった。真新しい成田新国際空港。私は、シーユーと言い、彼はサヨナラと言って2人は別れた。手こそ握ったが、実に純粋な恋をしたと思う。初恋だったのだ、あれは。
遠距離、などという言葉すらない時代である。まさに、期限付きの恋を私たちは全うしたのだ。











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