ふるさと
【特別新連載】おそうじマン日記(その1)
三月の終わりの頃、私は、ある保育園で働くことになりました。
これは、その一年目の一年間のお話です。
一日目。十二時半に保育園に着きました。
「おしっこたれーっ。うんちたれーっ」
と、ちっちゃな男の子が、叫んで逃げて行きました。
そのとき、どこかから大きな声がとんできました。
「いけませんっ!」
主任先生がおいでになったときには、男の子の姿はどこかに消えていました。
「ハル先生、子供が悪いことを言ったら、叱ってくださらないと困ります。黙っていると、何を言っても許してくれる人だと、いい気になります。初めが肝心ですよ。どうか叱ってくださいね」
それから、主任先生は、保育園の案内をして下さると、
「園児の昼寝と移動の合間に仕事を片付けて下さい。この時間割表にそって、二階から始めていただきます。それではよろしくお願いしますね」
そう言って、戻って行かれました。
私は、ほうきで廊下から順に掃き始めました。
ほどなくして、年長さんぐらいの四人の女の子が階段を上ってきて、掃きよせたごみを蹴散らして駆け抜けて行ってしまいました。
掃きなおしていると、一人が引き返してきました。
四人の中で一番小さくて髪の長い、小鹿のような目をした年中さんぐらいの女の子です。
私の前に来て立ち止まり、両手をそっと体の前で重ねておじぎしました。
「おしごとのところ、ごめいわくおかけして、もうしわけございませんでした」
こう言ってから、少し首をかしげて、またおじぎをしました。
驚いて見とれていると、女の子はにっこり笑って、また言いました。
「きれいにしてくれて、ありがとう。ほんとうに、もうしわけございませんでした」
と言っておじぎをし、振り返ってはまたおじぎをして階段を降りて行きました。
女の子の名札には「まり」と書いてありました。
いったいどんなおうちの子なのでしょう。
なんだかおとぎ話の世界へ迷い込んだような心地のまま、階段をモップで拭いていました。
その次は大きな掃除機で一階の廊下を掃除します。
未満児教室たんぽぽ組の前から始め、階段下ホール、さくら組の廊下、それからばら組の廊下へ来ました。
教室では、園児が静かにお話を聞いています。
ガターン! ガタガタッ、ガターン。
たくさんの椅子が鳴る音がしました。
ガラッ!
とつぜん、戸が開き、園児たちがいっせいに、
「うわぁーっ!」
と、声をあげてなだれ出てきました。
「じゃまだ、じゃまだー」
一人が言うと、他の子たちも私を押しのけ、
「どいてよ、ばーか」
「ばばあっ、どきやがれっ!」
「うんちたれー」
「おしっこたれー」
「ぶたー!」
口々に言いながら、前や後ろをすり抜けて走っていきました。そして、せわしなく玄関ホールのかばん置き場へ行き、あっという間に教室へ入ってしまいました。
私は掃除機にしがみつき、よろよろと何も言えずにやっと立っていました。(つづく)
絵・稲葉 美也子
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