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VIVA ASOBIST
Vol.82 川瀬七緒
――「無から有を創り出す」"微笑み"の乱歩賞作家
【プロフィール】 西村京太郎、森村誠一、東野圭吾……
川瀬七緒
1970年福島県出身。作家、デザイナー
文化服装学院服装科デザイン専攻科を卒業後、服飾デザイン会社にて子供服のデザインなどを手掛ける。退職後、フリーのデザイナーとして活躍する傍らに執筆活動を開始し、2011年の第57回江戸川乱歩賞を『よろずのことに気をつけよ 』で授賞(玖村まゆみ『完盗オンサイト』と同時授賞)。
その後、法医昆虫学者・赤堀涼子シリーズの『147ヘルツの警鐘 』、『シンクロニシティ 』を刊行(著作はいずれも講談社刊)。
錚々たる受賞者を排出しているミステリの新人文学賞・江戸川乱歩賞。
今回の登場はその2011年受賞者、川瀬七緒。
作文嫌いが作家になるまで、そして凄惨ながらも妙に微笑ましい著作たち……
そんなお話しをうかがっておりますよ。
さあ読んでくれ!
――今回ご登場いただくのは作家の川瀬七緒さんです。
川瀬●こんにちは。
――大物が登場する作家さんシリーズ、川瀬さんは第57回の江戸川乱歩賞を『よろずのことに気をつけよ』で授賞されております。
川瀬●すみません、まったく大物ではありませんが(笑)。
――いやいや、止めてください(笑)。今回は初夏に上梓されました『シンクロニシティ』のお話しのほか、作家・川瀬さんのいろいろなお話をうかがいます。
川瀬●よろしくお願いいたします(ニッコリ)。
――さっそくではありますが『シンクロニシティ』、この一年で読ませていただいた本の中で一番だなと感じました。
川瀬●うわっ、本当ですか?
――いわゆるミステリとして単純に読ませていただいてもおもしろい、思いがけないほどの重い動機があったりするわけですが、そこに“法医昆虫学”というものが絡むとよりいっそうおもしろくなる、そう思わずにいられませんでした。
川瀬●どうもありがとうございます。
――お目にかかったらまずそれをお伝えしたくてたまりませんでした。ということで『シンクロニシティ』についてはまた後半にうかがいますね。
川瀬●嬉しいことです、はい。
パソコンの買い替えが将来の乱歩賞作家を生む
――まずは作家の方によくうかがうことなのですが、福島県白河市出身の川瀬さん、子供のころの“夢”はなんでしたでしょうか。
川瀬●そうですね……とにかく田舎から……ホントに田舎ですからね(笑)、田舎から出たい一心でしたね。子供のころから絵を描くのが好きだったのもあって、デザイナーになりたかったんですよ。
――川瀬さんは文化服装学院に入学、卒業されてからデザイナーとして就職、いまもフリーでそちらの活動もされていますから、その夢は叶ったわけですね。
川瀬●はい。
――その上でいまは作家さんという顔もお待ちなわけですが、デザイナーという夢とは別に作家、小説家という意識は小さいころからお持ちでしたか。
川瀬●いえ、それはあまりないんですよ。作文とか嫌いでしたから。
――嫌いでしたか!
川瀬●たとえば夏休みの感想文とかの宿題は最後まで残してましたから。原稿用紙2枚とかなんですけれどね。
――宿題だけでなく、国語の授業としても作文の時間があったりしますよね。
川瀬●そうなんですよね(笑)。なのでたとえば感想文だったら観念的と言いますか、自分が“こう思ったああ思った”というのを書き並べておしまいみたいな感じでしたね。
――あらすじを書いちゃうみたいな、あまり評価されない感想文の典型ですね。
川瀬●はいはい、わかりますね。それで私の担任の先生が文章の書き方をすごくキッチリ決めるタイプだったりもするんですね。
――はい。
川瀬●「いい感想文というのはカギカッコから始めるんだ」なんてことも教わりました。
――……私も仕事の上で使っている手法のような気がしますが、それって他人様に教わるようなことではない気がします(笑)。
川瀬●そうですよねえ(笑)。
――当時の先生には申し訳ないですが、“もともと作文嫌いなのに、先生のせいでより嫌いになる”感じですね。
川瀬●ははは、そうですね。先生のおかげで好きになるということもありますが、私の場合は逆でしたね。
――でもいまは賞を受けるほどの作家さんです。転機はもちろんあったのですよね。
川瀬●高校時代ですが、小論文を書かなければならなかったんですね。それをまあ適当に書いたときに、現代文の先生が「高校生とは思えない文章だ」と言ってくれたんですね。そんなことを言われたことありませんでしたからね。
――それはまた特上の褒め言葉ですね。
川瀬●そうですよね。まあ学生時代はそれが最初で最後の高評価でしたけれどね(笑)。
――その現代文の先生も、ひょっとしたら小学校の先生もいま自慢しているんじゃないですかね。「オレが川瀬七緒を育てた」みたいに(笑)。
川瀬●そんなことはないでしょう(笑)。むしろ「まったくもって言うことを聞かない子だった」って話題にはなってるかもしれません。
――逆なんですね。
川瀬●言うことを聞かないといいますか、まあ独特の教育方針だったのだと思います。時代や土地柄もあるのかもしれませんが、押しつけの教育と言いましょうか。田舎にいるのが嫌になったのはそういうところもありますよね。
――はいはい、なるほど。
川瀬●先生たちの印象にも残っていないんじゃないですかね。私は兄と妹の三人兄弟なんですが、兄も妹もチョー頭がいい(笑)。なので兄弟はすごく印象に残っているはずです。
――いやいや、長女も大物になられましたから。
川瀬●いやいや(笑)。なので江戸川乱歩賞を受賞したときも聞いた全員が妹が授賞したと思ったそうで、それでエライ話が盛り上がったとか。
――失礼な話ですねえ。
川瀬●そうですよね、まったく(笑)。
――で、そうなりますと作家さんとしては“静かな”学生時代を送って、最初の夢が実現する形でデザイナーとしてまず活動されたわけですが、それと同時に「小説を書こう!」となったのはどうしてなんでしょうか。
川瀬●それはですね、最初に書いたきっかけはデスクトップのパソコンが壊れて、ノートパソコンに買い替えたことなんですね。
――パソコンを持ち運べるようになったわけですね。
川瀬●はい。で、移動中の電車の中とか、そういう空き時間に書いてみたわけです。
――いったいどんなことを書いていたんですか。
川瀬●いちばん最初に書いたのはアルカロイドという自然界に存在する毒の話なんですよ。原稿用紙にして800枚くらいの。
――は、はっぴゃくまい……?
川瀬●『シンクロニシティ』が600枚くらいの中を(笑)。まあ小説の体はなしていないですけれども。
――毒物がテーマということですが、そういった知識……たとえば服飾デザインで染め物に使う植物とかがパッと浮かんだのですが、知識がおありだったのですか。
川瀬●私の祖父が生物の先生で、よく野山に一緒に行って観察したり教わったりということがありました。
――なるほど。小説の体をなしていないということでしたが、どんな内容だったのですか。
川瀬●まあアルカロイドの毒で死ぬんですがその死因がわからない、ってなります。警察が検死する前に毒の成分が消えてしまうので死因が特定できない。実際に専門家が調べても特定が難しい毒の話です。
――そんなストーリーが800枚書きつづられている……講談社さん、出版の準備をお願いいたします(笑)。
川瀬●ははは。でもスゴイですよねえ、800枚って。書き始めたらすごい楽しくてそうなってしまいました。
――そこから作家さんへの道が拓けていったわけですね。
川瀬●いえ、そこではまだ全然(笑)。ただ、文章を書くのってすごく楽しいんだなってわかりまして、それから2年くらいいろいろと書いていたんです。その間ですね、作家になりたいなって思ったのは。
――それで書かれた作品を、後に授賞される江戸川乱歩賞などに送ることになりますが、正直なところ自信のほどはありましたか。
川瀬●結果的に初めて送ってから乱歩賞は二度目、2年ほどで授賞させていただいたのですが、最初はレベルがわからないですからね。自分が書いたものがおもしろいかもわかりませんから、自信とかってのも持ちようがなかったですね。
――それでも最初の応募で最終候補作になり、翌年には『よろずのことに気をつけよ』で乱歩賞を受賞、出版となります。ありきたりですが周りの反応はいかがでしたか。
川瀬●妹と間違えられた以外ですと(笑)……私が小説を書いていることって、誰も知らないし教えてなかったんですよ。夫も知らなかったですしね。最初に最終候補に残ったときに「何してたの?」ってくらいで。
――ははは。
川瀬●なので、親も含めて田舎の人たちが知ったのは新聞紙上でした。
――おや?ってなもんですね。
川瀬●そうですね(笑)。相当なバカだと思われていましたから、信じられなかったと思います。
――学校の先生たちも急に自慢を始めたと思いますよ。「オレが育てた」って(笑)。
川瀬●はははははは。
――それから作家として3冊を上梓されていますが、デザイナーさんとしての活動も続けられています。いわゆる“二足のわらじ”は大変かと思いますが。
川瀬●はい、それはやっぱり大変です。でもやることは変わらなくて、作家もデザイナーも“無から有を創る”仕事なんですよね(ニッコリ)。
『シンクロニシティ』――主人公・赤堀涼子を動かす“川瀬節”
――さて、それでは『シンクロニシティ』についてうかがいます。川瀬さん2作目の作品である『147ヘルツの警鐘』の続編で、虫の生態から謎を解き明かす法医昆虫学者の赤堀涼子と警視庁の岩楯祐也警部補のコンビが、コンテナに放置されていた腐乱死体に迫ります。
川瀬●はい、ありがとうございます。
――冒頭にも申し上げましたが、法医昆虫学というものが被さらなくても、赤堀&岩楯の“バディ小説”として読み応えがあると感じましたし、また想像だにしなかった恐ろしく巨大な動機が隠されている。誇張なく今年の一番だと思いましたが、そこに法医昆虫学が絡んできます。
川瀬●はい。
――赤堀が繰り出す様々なアプローチはぜひ手にとって読んでいただくとして、さわりだけお伝えすれば、死体に卵を産み付けたハエのウジの孵化状況によって死亡推定日時がわかる、というものです。こんな法医昆虫学というものと川瀬さんの出会いについて教えてください。
川瀬●法医昆虫学という名前自体を知ったのはそんなに昔ではないんです。ただ、ウジの成長から時間が割り出せるというのは祖父から聞いていたんですね。
――生物の先生であるおじいさんから、ですか。作中に出てくる野山なども川瀬さんが白河におられたころの情景なんだろうなあ、と感じさせますし、故郷の影響は大きそうですね。
川瀬●そうですね。
――『147ヘルツの警鐘』からそうですが、赤堀と岩楯が打ち解けていって、難事件に向かっていく。このコンビの雰囲気が素晴らしいのですが、特に赤堀はぶっ飛んでいます(笑)。
川瀬●ははは。
――奇声を上げながら虫取り網を振り回したり、ここで書くよりもぜひ読んで確認していただきたいウジの様子を言い表した言葉など……法医昆虫学者さんというのはみんな赤堀のようなんでしょうか。
川瀬●いえ、それは違います(笑)。モデルもいない完全に創作のキャラクターですよ。
――どれくらいぶっ飛んでいるかを読むだけでもおもしろいので、ぜひみなさん手に取ってみてください。
川瀬●よろしくお願いいたします(ニッコリ)。
――作中では赤堀と岩楯のコンビだけではなく、警察内部で岩楯とコンビを組む警察官も出てきます。『シンクロニシティ』では月島刑事でしたが、『147ヘルツの警鐘』では鰐川刑事でした。岩楯&鰐川も楽しいコンビだったので、ずっと続くものだと思っていましたが……。
川瀬●それはですね、岩楯は警視庁ですけれども、相棒刑事は所轄署の所属ですからね。コンビを組ませ続けるためには同じ舞台にしないといけなくなっちゃいますからね。
――あ、それはそうですね。
川瀬●でもまあ、今後またどこかで出てこられるといいなあとは思っていますよ。
――お、それは続編があるということですね(笑)。
川瀬●ははは、それはわかりませんけれども、このシリーズはまた書きたいなと思っていますよ。ちなみに次作ではないです。
――それは残念(笑)。
川瀬●いや、ぜひご覧になってくださいね。
――はい(笑)。そういえば月島刑事は「八丈島にでも異動したい」みたいなことを言っていましたが、最後に……。
川瀬●伏線かもしれませんね(笑)。
――みなさんは読んで確かめてくださいね。それにしましても、事件自体は猟奇殺人ですし、ウジを伴ういわゆる“グロい”場面もあります。その中で泣かす場面とかもあるんですよね。
川瀬●え、どこでしたか?
――単純なんですけれども、重要人物である藪木俊介が行方不明になったとき、おばあちゃんが「俊介は死んじまったんだろうか」という場面とか。
川瀬●ああ(笑)。
――「大丈夫、生きているよ。たぶん……」とか言いながら読んでました。お恥ずかしい。
川瀬●いえいえ、ありがとうございます。
――それでいながら笑いの部分も多いんですよね。赤堀は最初から最後まで笑い担当のような気がしますが、彼女だけでなく、他のキャラクターでも地の文でも、つい笑ってしまうようないわゆる“くすぐり”が随所にありますよね。
川瀬●そうですね。
――これは『147ヘルツの警鐘』だけでなく『よろずのことに気をつけよ』でもそうなので、もう川瀬さんの作品の特色なのでしょうね。
川瀬●そうかもしれませんね。地がそんな感じなのと(笑)、楽しく読んでいただきたいうちの要素なんだとは思います。ただ、作品全体もそうですが、おもしろい描写や文章というのは、人によっても受け取り方が違うし、書いていてもわかりませんからね。おもしろいと感じていただけているのは嬉しいです。ところでこちらもどこらへんが?
――そうですね……ふたつあるのですが、「ガサ入れっ!?」と「コニチワー」ですね(笑)。こちらもみなさん読んでご確認ください。
川瀬●よろしくお願いいたします(ニッコリ)。
――さて、『シンクロニシティ』のお話しとしては最後にうかがいますが、先ほど「続きは書きたい」と明言いただきました。ウジのことばかりが頭に浮かびますが、法医昆虫学というのは当然、他の虫にも適用されまずよね。今後の赤堀はどんな活躍をするのか、すでに思い描いているものはありますか。
川瀬●そうですね……………………ひとつ思い浮かんでいるのは、彼女にスキューバをやらせようかな、と。
――スキューバ・ダイビング、ですか。
川瀬●はい。“海と虫”というのも当然、結びつきがあります。
――ということは水死体……。
川瀬●のようなもの、かもしれませんね(ニッコリ)。海中は海中でウジの生息のスピードが違ったりするので、そんな感じで……って、まだ「書きたい」って言っている段階ですよ、本当に(笑)。
川瀬●いやいや、期待しています(笑)。
10年後も"繋がっている作家"川瀬七緒
――今日はありがとうございました。川瀬さん自身のこと、『シンクロニシティ』のこと、それぞれうかがいましたが、川瀬さんがこれから目指されるところはありますか?
川瀬●うーん、そうですねえ……作家としての目標というのはあまり思い浮かばないのですが……。
――たとえば10年後に「川瀬七緒といえばこんな作家だ!」と言うならば、どんな作家さんでしょうかね。
川瀬●そうですねえ……これまで『よろずのことに気をつけよ』、『147ヘルツの警鐘』、『シンクロニシティ』と小説を出させていただきまして、出版前ですが脱稿したものもあります。法医昆虫学シリーズも続けさせていただくとして、それで10年後にも「川瀬七緒の作品って○○じゃない?」と言ってもらえるような、作家として繋がっていればいいなあと思います。作家として活動していることもそうですし、作品中でもいろいろな繋がりが作れれば嬉しいですね。
――法医昆虫学シリーズの所轄の刑事さんがまた出てくるとか、そんな繋がりですね。
川瀬●そうですね。それは作家として頑張っていないと描けないですからね。
――『よろずのことに気をつけよ』は民俗学の先生が主人公ですが、赤堀&岩楯の前に現れたらおもしろそうです。
川瀬●ははは。
――また10年後に『「ガサ入れっ!?」で笑いつつ、読み応え充分でした!』なんてお話しをさせてくれることを期待しています。改めましてありがとうございました!
川瀬●ありがとうございました。
――......あ、そういえば現在居住されている地域のインタビューで、「ぜひ我が町を舞台に!」とお願いされていましたね。
川瀬●はい。いい街なんですよ。商店街もあるし、いい公園もありましてね。でも、ウジが湧くような凄惨な事件の現場にするのもねえ、ははは。
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読み物 : VIVA ASOBIST 記:松本 伸也(asobist編集部) 2013 / 10 / 31