【映画レビュー】海の沈黙
世界的な画家の展覧会で突如浮かび上がった贋作疑惑。この贋作を生み出したのはいったい誰なのか。贋作者の意図とは……。「前略おふくろ様」「北の国から」等、数々の名作を生み出した巨匠・倉本聰が、監督に『沈まぬ太陽』の若松節朗を迎え、60年もの構想期間を経て世に放つ、ある愛の形。
世界的画家、田村修三(石坂浩二)は、展覧会で自身の絵画の贋作を発見する。「自分が描いた絵ではない」。そう訴える田村を、周囲は必死になって諫める。何故なら、政府要人や新聞各社も一体となってこの展覧会を盛り上げようとしていた矢先だったからだ。だが、田村の妻(小泉今日子)にはその贋作者に心当たりがあり……。
不肖ながら、私も美術という分野には少しばかりの思い入れがある。と言っても、さほど大層なことではなく、小学校中学年から中学卒業までは応募する絵画コンテストすべてで入賞を果たし、中学時分には美術部の部長だったというだけの話で、中学校レベルのエピソードごときは特に自慢になるほどのことでもない(中学卒業と同時に全く描かなくなってしまったし)。また、私が通っていたその小中学校は本作のタイトルにもある“海”のほど近く、新潟市だ(本作のロケ地は北海道小樽市なのでその点は異なるが)。しかもこのレビューを書く日は新潟の実家に帰省しており、私のいる部屋には日本海の荒波の音が届く。これは比喩ではなく、本当に音が耳に聞こえてくるのだ。全く個人的な話ではあったが、そんな共通点を本作のテーマの中に見つけ、数ある試写作品の中から本作をチョイスして鑑賞に及んだわけなのだ。
全編を通じ、まるで絵画のような作品とも言えようか。例えば本木雅弘と小泉今日子が相対するシーンでの構図。背景を海に、陸から灯台へと続く道が、ちょうど小泉の立ち位置で終わっている。まるで本木の人生が小泉で終わってしまったかのように。
他作品でも評価の高い重鎮俳優たち……特に石坂浩二と本木雅弘の、些細な表情の変化やちょっとした手の動きなども、まるで油彩画の筆のタッチのようにさりげなく、だが確実に観る者の心をその世界へと自然に引き込んでいく役割を担う。
料理人という経歴を持つ役どころの中井貴一に至っては、包丁で魚を捌く手から中井の顔までをひと回しでカメラに収めている。よくある“逃げ”……手元はホンモノの料理人の包丁さばきを映し、顔を映す前にカメラを途中で切り替え、料理人ではなく俳優の顔を映し、あたかも俳優が包丁を握っていたかのように見せる“差し替え”のようなまやかしはしていない。このあたりは、恐らく中井貴一という俳優本人の職人意識から出て来たこだわりだろう。さりげないシーンだが、こうした細部にも本作の本気度が見え隠れする。
本木の絵画製作シーンにしても、まるで踊るかのように、舞台上で演技をするかのように、本木は絵を描く。いや、“描く”などという表現は生ぬるいかもしれない。本木は自らの命を削り、絵具がわりにし、キャンバスに感情を叩きつけ、作品を創り上げる。それはまるで命を産み落とすかのように。まるで強烈な痛みを伴うかのように。まるで自分の命と引き換えにするかのように。
今となっては自分のライブのフライヤーや楽曲リリース時のCDデザインくらいしかやっていない私だが、本作のような作品を観ると「老後にでも絵を再開しようか」という気になってくる。“人生を左右する作品”というものは、案外こんなふうにひょっとしたことから巡り合ってしまうものなのかもしれない。
原作・脚本:倉本 聰
監督:若松節朗
出演:本木雅弘、小泉今日子、清水美砂、仲村トオル、菅野 恵、石坂浩二、萩原聖人、村田雄浩、佐野史郎、田中 健、三船美佳、津嘉山正種、中井貴一
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公開:11月22日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国公開
公式HP:https://happinet-phantom.com/uminochinmoku/
© 2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
記:林田久美子 2024 / 11 / 10