第401回 ロック映画編 ―― 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 成功と創作の裏側にある葛藤、若き日のブルース・スプリングスティーンを描いた傑作!
WHITESNAKEのデイヴィッド・カヴァデールが音楽活動からの引退を表明しました。数日前、YouTubeにアップされた過去の曲のリミックスバージョンのタイトルに「Important Announcement」と但し書きが付いていて、なんだか嫌な予感がしつつ再生してみると、予想通りというかなんというか、「そろそろ引退生活を楽しむ時が来た」とデイヴィッドが話しているじゃないですか! 先月NIGHT RANGERの最後の日本ツアーを観たばかりなのにと、本当に寂しくなりました……。
……うーん、気を取り直していきましょう! 今回の音楽総研は、1982年にリリースされたブルース・スプリングスティーンの名盤『Nebraska』の創作秘話が描かれた映画、『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』(原題『Springsteen: Deliver Me from Nowhere』)についてあれこれと。
※実際にあったことを基にして作られた映画なので、すでに知られていることであれば、いわゆる“ネタバレ”もしています。気になる方は先に映画をご覧になってお読みください。

ブルース・スプリングスティーンは言わずと知れたアメリカを代表するアーティスト。ブルースには『Born in the U.S.A.』や『Born to Run』のような、ロックで力強い曲を歌うイメージを持っている人が多いと思うけど、今作の題材になった『Nebraska』は収録された楽曲のほとんどがブルースのアコースティックギターによる弾き語りで、それ以前の作品からの作風の変化にリリース当時は賛否両論だったといいます。そのころの俺はまだ10歳くらいだったし、さすがにリアルタイムでは聴いていなくて、そういった評価も後追いで知りました。でもね、しんみりとした楽曲も多い『Tunnel Of Love』がお気に入りだったので、こういうアルバムも出していたのか、くらいの感じで、まったく抵抗なく聴けたんだよね。
今作は、少年時代のブルースが酒場にいる父親を迎えに行くプロローグから始まる。気難しそうな父親に怯えているように見えるブルース……。そして、画面は大会場でのライヴシーンに切り替わり、ブルース初の全米ナンバーワンヒットとなった『The River』に伴うツアーが終わって、マネージャーのジョン・ランダウと次作についての構想を練るところからストーリーが動き出す。ブルースは自身のホームタウンであるニュージャージーの郊外に家を借り、4トラックのMTR(マルチトラックレコーダー)でデモを作り始めるが、成功からくる重圧やプレッシャー、父親との関係から過去のトラウマに悩まされる。劇中では説明がなかったけど、何度か挟まれた地元の小さなライヴハウス“ストーンポニー”でのライヴのシーンは、おそらくそういったストレスの解消のために飛び入りしていたのではないだろうか。
歌も演奏もブルースを演じたジェレミー・アレン・ホワイト本人なんだって。凄い!
そして、この“ストーンポニー”は同郷の後輩、ジョン・ボン・ジョヴィがデビュー前の下積み時代に演奏していた店としてファンにはおなじみの場所で、ジョンがブルースの曲を演奏していたら本人が飛び入りしてくれて感激した、というエピソードもよく知られている。劇中のバンドは、もちろんジョンのバンドとしては描かれていなかったけど、もしかすると今作と同じ時代のことで(1981~1982年頃ならあり得る!)、ブルースはブルースで、ジョンのような若いミュージシャンたちと一緒に演奏することで救われていたのかも、なんてことも想像しちゃった。
ブルースはストーンポニーでのライヴで知り合った同級生の妹、フェイと恋仲になり、フェイとその娘に心が癒されるの感じながらも、創作に没頭すると彼女たちを遠ざけてしまう。そして連続殺人を犯したチャールズ・スタークウェザーに興味を持ち、殺人犯の目線で歌詞を書き始める。あふれる創作意欲と、次第に心身を蝕んでいくトラウマ。ブルースはのちにうつ病であったことを告白していて、うつ病やパニック障害の症状だと思われる様子も描かれている。これが観ていて辛かった……。あの当時は最近に比べて精神疾患に対して誤解や偏見も多かったはず。自身がどれだけ辛くても、周りにはなかなか理解してもらえなかったんじゃないだろうか。それでもブルースはランダウや自動車修理工の友人の支えもあり、作品を作り上げていく。
そして出来上がった楽曲にバンドでのアレンジを試したものの、ブルースは納得できず、カセットテープに録音されたデモのほうが良いと、ブルースがたったひとりで演奏したデモをマスターにしてリリースすることになる。ドラムもベースもない。これがね、ミュージシャンのはしくれとしては、うらやましいな、と思ってしまった。だって、普通はこんなことやらせてもらえないもの。いや、それは今作が伝えたいテーマとはまた別だとわかっているし、実際には映画で描かれている以上に大変だったと思うよ。ツアーはしない、シングルカットもしない、ジャケットにも自分の写真は使わない、取材も受けない、なんて条件を出して、さらに成功した前作とはまったく違う作風……レコード会社が反対しないはずがない。それでもランダウは、「ブルース・スプリングスティーンを信じる」と、レコード会社を根強く説得し、リリースにこぎつけた。ブルースの才能あってこそ、とはいえ、ランダウや周りのスタッフたちの熱意も凄い。今作はずっと暗めのトーンで、気楽に観られる映画ではないと思うんだけど、救いはあって、それはランダウをはじめとするブルースのそばにいた人たちの存在……、うん、やっぱりうらやましいなあ。
ニューヨーク映画祭のプレミア上映で行われたブルース本人のライヴパフォーマンス。冒頭のスピーチは、映画のキャストや監督たちへのジョークを交えた謝辞
ブルースを演じたジェレミー・アレン・ホワイトが素晴らしかった。顔はそんなに似ていないのに(若い頃のアル・パチーノを思い出した)、ギターを弾いている姿はびっくりするくらいブルースにそっくりで、ブルースのファンも彼でよかったと思うはず。そして、ブルースの繊細なところも、彼だからこそ、見事に演じられたのでは。先に書いたとおり、気楽に観られる映画ではないかもしれないけど、心に深く残る、いい映画でした。また観に行くつもりです。
※ikkieのバンド、Antlionのシングルがリリースされました!
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※ikkieのYouTubeチャンネルです!
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