渡部桂太 ―― 2020年東京オリンピック・スポーツクライミング応援シリーズ―8―
スポーツクライミングがオリンピック追加種目として最終承認されてから早3年が経ち、2020年東京開催まで1年を残すのみになりました。TVその他、各メディアの注目度は日に日に増し、社会の認知度は高まり、クライミングがオリンピック種目になっていることは既に周知のこととなりました。 しかしながら世界初となるこの試みの中で課題山積の現状は否めない様相です。選手たちもまた難問を抱えながらも雄々しく立ち向かい、研鑽の日々を送っていることでしょう。 来る2020年東京五輪の選手陣の華々しい活躍に大いに期待し、大会におけるクライミング種目が成功を納め、クライミングワールドが広く世界に受け入れられることで拓けるであろうクライミング界の輝かしい未来に希望をつなぐものであります。 「VIVA ASOBIST」では「2020年東京オリンピック・スポーツクライミング応援シリーズ」と題し、日々研鑽を重ね続けるスポーツクライミングの選手やその周辺に焦点をあてて、ここに皆様にご紹介いたします。
プロフィール
渡部 桂大(わたべ けいた)
プロフリークライマー
所属:住友電装株式会社
1993年三重県生まれ。25歳(2018年12月現在)
主な戦績【国内】
2006年8月:第9回JOCジュニアオリンピックカップ大会 リード 12歳 3位
2008年3月:JFAユース選手権リード 14歳 1位
2008年8月:第11回JOCジュニアオリンピックカップ大会 リード 14歳 4位
2009年3月:JFAユース選手権2009リード 15歳 8位
2009年8月:第12回JOCジュニアオリンピックカップ大会 リード 15歳 5位
2010年3月:JFAユース選手権2010リード 16歳 1位
2010年8月:第13回JOCジュニアオリンピックカップ大会 リード 16歳 2位
2012年8月:第15回JOCジュニアオリンピックカップ大会 リード 18歳 1位
2015年2月:第10回ボルダリング・ジャパンカップ 21歳 2位
2016年1月:第11回ボルダリング・ジャパンカップ 22歳 5位
2017年1月:第12回ボルダリング・ジャパンカップ 23歳 2位
2018年2月:第13回ボルダリング・ジャパンカップ 24歳 8位
主な戦績【国際】
2008年8月:IFSC 世界ユース選手権 シドニー・オーストラリアリー 14歳 10位
2010年9月:FSC 世界ユース選手権 エディンバラ・イギリスリード 17歳 29位
2015年11月:IFSC クライミング・アジア選手権 寧波・中国 ボルダリング 22歳 2位
2016年6月:IFSC クライミング・ワールドカップ ボルダリング ベイル・アメリカ 22歳 8位
2016年8月:IFSC クライミング・アジア選手権 都・中国 ボルダリング 22歳 7位
2017年4月:IFSC クライミング・ワールドカップ マイリンゲン・スイス ボルダリング 23歳 3位
2017年4月:IFSC クライミング・ワールドカップ 重慶・中国 ボルダリング 23歳 4位
2017年4月:IFSC クライミング・ワールドカップ 南京・中国 ボルダリング 1位
2017年5月:IFSC クライミング・ワールドカップ八王子 ボルダリング 3位
2017年6月:IFSC クライミング・ワールドカップベイル ボルダリング 6位
2017年6月:IFSC クライミング・ワールドカップナビムンバイ・インド 8位
2017年9月:IFSC クライミング・アジア選手権 テヘラン・イラン ボルダリング 3位
2018年4月:IFSC クライミング・ワールドカップ モスクワ・ロシア ボルダリング 8位
2018年9月:IFSC クライミング・世界選手権 オーストリア ボルダリング 4位
2018年11月:IFSC-ACCクライミング アジア選手権 倉吉 ボルダリング 2位
東京五輪フリークライミング応援シリーズ第8弾に登場は渡部桂太選手。クライミングを知りそめたのは小学2年生。山道具を物色しに行ったアウトドアショップで。気がついたらボルダーマット背負って外に通っていた。選手の中では異色の遍歴と自ら自認する。かつて上がったことは一度もないと言い切る。沈着冷静なメンタルの持ち主の飄々とした語り口に耳を傾けてみようではありませんか…
近くの小山に登るのが好きだった
ジムでは大人に交じってボルダ―もリードもやった
気がつけば外岩が好きになっていた
小玉:家族構成はどんな感じですか?
渡部:男二人兄弟で、兄がふたつ上。1年前くらいまでは、実家暮らしでした。兄は就職で先に東京に来ていました。
小玉:お兄さんはクライミングはされない?
渡部:本当に最初だけ、PUMP OSAKAができてすぐの時は、ちょっと体験という形で行ったことがある程度です。
小玉:お父さんお母さんも一緒に行かれたんですか?
渡部:小学校低学年の間はジムに行く足がないので車を運転してもらっていましたが、基本的にはリードじゃなければ自分で登るだけですし、リードの場合は親にビレーしてもらったり、大会は一緒に行ってもらいました。小学校高学年から高校になったら一人でいろんなコンペに行っていました。基本的には、ほぼ自分ひとりで動いて、外岩に出かける時は、ジムで会った人たちと。
小玉:お兄さんは?
渡部:ノータッチ。吹奏楽部でした。
小玉:リードされているのは年配の方が多いですね?
渡部:そうですね。
小玉:ロングルートのバリエーションやアプローチの長いマルチなどは年配には体力と持続力が問題になってきます。比較的長くできるのがクライミング、それもリードクライミングでしょうか。
渡部:そうでしょうね。
小玉:自分の度量に合わせた壁さえ選べば、ロープが付いてるから落ちても安心(笑)
渡部:僕はクライミング歴は16年くらいですが、たとえばスポーツルートは、登り切ることが最優先です。けれど広義でクライミングを捉えると、登り切るというより登るための手段でクライミングというものが存在していると感じます。
小玉:そうですね。
渡部:途中で落ちたとしても登りきれればいいわけです。
小玉:マルチの場合は、フリーにこだわっていたら埒が明かなければ、「もう、A0でもなんでもやっちゃえ」となります。
渡部:そうですね。ありとあらゆる手段を使います。広義に言えば山登りもクライミングです。実は僕はロッククライミングに特化したクライマーから今のスポーツクライミングにシフトしていったんです。
小玉:もともと体を使って遊ぶのが好きでたまたまクライミングと出会ったとか?
渡部:小学校2年生の時でした。近くにアウトドアショップがあって、珍しく4、5mくらいのトップロープの壁が設置してありました。そこで近くの山へ行く準備で登山用具を買いに行ったついでにちょっと体験してみようという流れになったんです。そのころはまだ山ブームというほどでもなくて店内には人もいなく、店員さんも手すきだった。小さい子にかまけていられるいいタイミングだったんでしょうね。 僕も最初は恐さとか単純に距離が届かないとか、なかなか克服できないことがたくさんあった。ジムじゃないので、通わなくてもいいんですけど、まあ、通うような形になると徐々にできるようにもなっていきました。 そのうち、そこの方から、こういう講習会やっているところがあるよとか、いろんな情報を得て、クライミングジムを探して、通うようになったんです。今みたいにネット検索してどこが近いとかどこに行ったらいいかという情報がなかったので、そんな経緯でクライミングを始めました。