生野正――銀座発「日本刀は文化であり芸術品なのです」
刀を助ける、刀が助ける
――今後のために“刀屋さん”としてのお話しをうかがいます。日本が誇る美術品である刀を売買するお仕事についてですが……。
生野:はい。まあ商人ですから利益を追求はしていかなければならないのですが……あ、変な話ですが、刀が「助けてくれ」って言っていることがあるのですよ。
――助けてくれ……ですか。
生野:自分に訴えかけるといいますか。ある刀を見ていて直さないといけないな、と思うのですが、それはあまりお金にならない。商人ですから赤字は嫌ですが、ヘタすりゃトントンくらいになるものもあります。それでも刀は「助けてくれ」と訴えていますから、研いだりなんだりとその刀を直します。
――はい。
生野:そうすると、お客さんとしては20万円以上の費用がかかるのですが、これによって私としては大切な文化財としての刀を救ったことになりますし、お客さんとしてもそれだけの費用がかかったのならたとえばお子さんに受け継ぐとかして、そのとき掛かった費用以上の価値が段々と出てきます。そうしたら大切に扱われるようになりますよね。
――利益以上に生野さんが目指される、文化や芸術品としての日本刀の存在を救ったことになりますね。
生野:はい。それでそうすると、今度は刀が「助けてくれる」のです。
――今度は刀のほうが……。
生野:先ほどのような刀を粗末に扱って簡単に流通させるのではなく、気持ちを込めて再生をさせてあげる。そういった商売をしていると、不思議なことに同じ銘の良い刀が入荷してくるのですよ。刀が刀を呼ぶ、ということがあるんです(ニッコリ)。
――恩返しのような話ですね。
生野:ああ、そうですね。自分が愛情を持って……そのうち気に入っちゃって売りたくなくなるようなこともあるのですが(笑)、そんな愛情で接していれば刀屋家業も楽しいものですよ。
――とてもいい話です(しみじみ)。
生野:思いきって言っちゃうとね、刀を商売の道具として雑に接していると、長くは続かないですよ。その道具を自分で持っていたいな……という気持ちになれる人じゃないと、いい刀は集まらない。簡単な言い方ですが、好きじゃなきゃ出来ない商売ですよ。
――愛情を持っていい刀を薦め、売っていれば、いい刀だけじゃなくいいお客さんも集まりますよね。
生野:それはその通りです。傷や欠点がわかっていて知らんぷりでは刀にもお客さんにも申し訳ないと思うか、まあいいやと売ってしまうか。安い買い物ではないのですから、そんな刀を売りつけられたらお客さんだってバカじゃないから、「なんだあの店は」となりますよね。悪い刀を売り抜けて一時的な利益は出しても、それでは絶対に後から損をします。
――それは間違いないですね。
生野:お客さんに最初に安い刀を買っていただいて、それで楽しんでいただく。自分もそうでしたがそれで歳を重ねて、段々と勉強もして、いつかは……退職金が入ったら(笑)そこでいい刀を買ってくれるかもしれない。そういう長いお付き合いができるお客さんがウチの店も多いと思います。ありがたいことですね(ニッコリ)。
――お話しを聞いているといいお客さんが集まって当然に感じます。
生野:いろいろなお客さまがいらっしゃいます。刀と一緒にいろいろな人形を集めている方がいます。
――なんか日本刀とは真逆な感じがしますね。
生野:綺麗なものを綺麗として感じたい人、優しい人なのですよ。あ、この(ケースに入っている)観音様もその方にいただいたんですよ。その方は立派な方でして、私の恩人でもあります。
――いい観音様ですね。
生野:あと、会議とかで疲れて帰っても、刀を見ていると落ち着いてよく眠れるという方もいます。
――それビックリしますよね、ご家族のお客さんとか来たりしましたら。
生野:ははは、そうですね。でも落ち着くのはよくわかりますよ、はい(ニッコリ)。
日本刀文化を衰退させない――“刀愛”溢れる地、銀座にあり
――誠友堂さんでは買取や委託販売などもやっておられますが、有名なテレビ番組のように“悪い仕事”の刀がやってくることはあるのですか。
生野:ヒドいのはいっぱいですねえ(笑)。どうにもならないようなのがありますよ。
――持ってきた本人は数百万円の価値があると思っていながら……。
生野:そうですね。銘が入っていながらそれではない、つまりは贋作だとそうなっちゃうのですが、ただそれでも“いい刀”ってのはあるのです。
――どういうことでしょう。
生野:元がそれだけいい刀なので、いい名前を彫っちゃうのですね(笑)。これは非常にもったいない。それにはもちろん逆もありまして……。
――元が悪い刀で……。
生野:そうそう(笑)。元がどうしようもないのに『虎徹』とか入っている。これぞニセモノって感じですね(笑)。『虎徹』とか『村正』って贋作の大手ですよ、ははは。
――それ、逆に欲しくなってきました。
生野:いやいや、それならば安いのでも楽しめますから、ぜひちゃんとしたものを揃えてください。最初に価値の話をしましたが、美術品ってけっこう値の変動がしますよね。ゴッホとかってたしかバブル期に……。
――20億円とかでしたね。
生野:そうですよね。それがバブル崩壊とともにかなり値段も崩れたと思いますが、日本刀ってそんなに大きく変動しないんです。
――そうなんですか。
生野:なので、お子さんに受け継いで……なんて話もしましたけれど、そういった財産としての面もあるんです。ちゃんとしたものであれば文化だけでなく財産としても残るのですよ。
――なるほど、相続財産としても引き継いでいけるのですね。
生野:繰り返しになりますけれど、日本刀というのは日本が誇れる大事な大事な文化であり、芸術であり、美術品です。大昔ですが、戦国時代に勲功があっても、城や領地ではなく日本刀を大名から贈られることがありました。
――つまり城と同様の価値が……。
生野:はい。江戸城なんてあれだけの堀を巡らし、何万人もの人が何年も掛けて作ったわけですよ。いまの時代に作ったとしたら何百億円とかの話ですまないわけですよね(笑)。もちろんお金の総量というより、それだけの価値が存在するものなんです。
――いや、完全に日本刀に対するイメージが変わりました。
生野:ありがとうございます。繰り返しになりますが、これからも日本刀の文化が衰退しないように頑張っていかないといけませんね。銀座の地から発信し続けていきたいと心から思っております。
――生野さん、今日はありがとうございました。
生野:こちらこそ(ニッコリ)。